(3)



「そんで、その小柄で華奢で可愛くて、清楚な見た目にツンな中身の子とは、どこまで行けてんだ」
「……俺、今そこまで言ったか」
「今年に入ってからのお前のぼやき、および行間を読んでの総合判断だ」

知性派を気取ってふ、と鼻先で笑って見せても、テーブルに載っているのがクリームソーダじゃあ格好が付かないぞ。しかしここにおいては俺は生徒的立場だ。大人しくドリンクバーの焙じ茶を舐めつつ、細い声で応じた。

「…まだ何処にも出かけたことがない」
「……」
「飯はそりゃあ…同じ下宿だからかち合えば一緒に喰ってるけど。学年も二こ下だし、部活だって一緒な訳じゃないから、…そもそもの共通点が少ないんだよ」
「手ぇ繋いだりとかチューとかはねえの」
「チュ、チュウ?!」

何だその時代掛かった言い回しは!キスと言えキスと!!お前本当にラブハンターなのか!?俺が教えを請うに値する人間なのか―――?!!

「いや…俺ラブハンターとかじゃないし…つか、お前のボキャブラリーも大概どうなのよ」

取りあえず落ち着け座れ、と促されて、俺はのろのろと腰を落とす。斎藤とチュー。いやチューじゃねえ、キス。
確かにあいつの口脣は柔らかそうで、淡い桜色をしている。本物は一体どんな感触なんだろうかと、無意識に己のそれに指で触れかけ、手前で到達した顎の硬さに、正気を取り戻した。

「っああああっ!!俺は何てことを!!!!」
「うお!」

食い物が乗ったテーブルを構わず、両の拳で叩いた。痛い。だが、この痛みが俺を現実に保ってくれる…。映画の主人公が催眠ガス醒ましに、太股へナイフを突き立てる心境と一緒である。

俺が斎藤を飯に誘おうと思ったのは、純然たる友情――違うな、先輩心(うん、語呂は悪いがこれで行こう)――そう、純粋な先輩心から来るものなんだ。

近頃の斎藤はしばしばぐったりとして見える。遅れたホームシックかと思いきや、それも違うみたいだ。朝時など辛そうに青白い顔をしていたり、座ったまますぐに立てなくなっていたりする事もままある。
人に案じられるのが余計に堪えるようで、斎藤の番犬のようにしている大江ですら、敢えて口出しをしないみたいだ。その分、行動が苛烈になっているのだと、皆川か誰かがぼやいていた。


そこで俺は考えた。
ここは先輩としてだな、ひとつ励ましに飯でも奢ってやろうと思うのだ。人間しんどい時は、うまいもん食べて温かい風呂に入って、たっぷり寝るのが一番だ。ついでに何か面白いものでも見れたら良い気分転換になるだろうし。

「だから美味い飯屋と、何か『これぞ12月!』みたいないい場所ないかな、と思ってさ」
「あーあー、なるほどねー。健気ねー、東明ちゃーん」
「…お前それ何キャラだよ…」

バニラアイスを完膚無きまでに潰した薄緑色の液体をストローで吸い上げながらの、けったいなお姉言葉、且つどうでも良さそうな相槌を打たれた。
お前が今現在吸引しているそれは、親友の貧しい財布から出たものなんだからな、気色の悪い飲み方はこの際許してやるから、味わって飲めよ。
グラスの半分ほどをバキュームして、人心地ついたのか、やや緩い表情の奴は言った。

「予算がどれくらいか、あと何時から出かけるのか知らねえけど、無難なのは昼から出て、映画でも見て飯喰えばいいんじゃねえの。馬力があるなら朝からにして、買い物入れるのもいいし。…もっと進展してたらその場でプレゼント選んでやれば効果的だと思うけどな」
「プレゼント…」
「あ、でもいきなりそんなん渡したら引かれるからな、順序大事だから、順序」
「………」
「おい、しのー?聞いてんのかー?」

プレゼント…、12月…、ホワイトクリスマス…、恋人たち…

「指輪…っ!」
「えー!?何だぁその連想ゲーム!」
「は!俺は今一体何を…?」

気が付けば俺は両の拳を握ったまま再び立ち上がっていた。後ろの席に座ったカップルが何事かとこちらを振り返っている。キレる十代でも電波受信でもないから安心して頂きたい。つうか、幸せにイチャコラしている連中に用はない。俺にとって用があるのは斎藤だ!

「思考は理解できないけど状況はわかったからとりあえず座ってほしいな東明君」
「なんだよその馬鹿にしたような笑い顔と棒読み発言は」
「馬鹿にしてんじゃねえよ引いてんだよ。ドン引きだよ」
「………」
「………」
「…どん引いてもいいから、いい場所教えてください…」
「そうそう、人様に教えを乞うにはそういう態度が大事だな」

人には心を殺して頭を下げるべきがある、と親父が言っていたが、きっと今がその時なのだろう。平身低頭した俺に気をよくしたのか、友人は早速、と、外出プランを立て始めた。
さかさかとメモを作っていく左可井は、この上ないほど生き生きとしていた。トータルホスピタリティ学科なぞという、謎の横文字学科が第一志望なだけはある。
初めは口を出そうと身を乗り出して奴の手元を見ていたのだけれど、次第に早さと熱を増していく筆の勢いに負けて、途中からは茶を飲みつつ見守るに徹した。餅は餅屋、旅行は左可井観光に、である。


別れ際、左可井の奴は何を勘違いしたのか、「その彼女の反応を参考にしたいから、是非5段階で評価出して貰ってくれ」とかほざいていた。
―――彼女じゃねえ、斎藤は、男だ。




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