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けれども12月は誘惑の月だ。
俺にとっては些か肌身に堪える季節だが、イベント盛りだくさん、寒いときは食い物もうまい。
巷にはこれでもかと恋人をくっつけるアイテムが溢れかえっている。全く忌々しい限りである。


休暇を謳歌しているのは世の中だけではない。うちの下級生たちも定期試験後の午前授業で、羨ましいほどにのんびり過ごしている。
今年は面白いくらいに、皆、実家へ帰らない。見目や林の馬鹿どものような毎年ギリギリの部活組はともかく、黒澤や皆川、大江ですらどっかりと腰を落ち着けている。
大江に限って言えば、親御さんが来てしまえば問題なく正月を迎えられる立場ではある。

それから斎藤。あいつも、身仕舞いをする様子が見られないのだ。下宿で年を越すつもりなのだろうか。


「帰らなくていいのかな…」
「閉店まであと2時間はあるぜ。もう少しやってくなら俺追加で何か頼んでくるけど」

見当違いの返事をした友人をうっそりと見上げた。分かり易く引いた表情の左可井は、カップを取り落としそうになって、諸手で支えていた。その手を捕まえて、寄せる。

今月、魚座の恋愛運は『今がアタックの時!押して押して押しまくれ☆』、ラッキーカラーはカラシ色。そして今日の左可井のシャツもカラシ色だ。
これを天啓と言わずして何と言う!


「未来の彼女の為に不毛な下見を繰り返しているお前に頼みがある、是非俺にお薦めスポットの教授を!」
「………」
「誘いたい奴が居るんだ、頼む、この通りっ!!!」
「…ああ…」

土下座でもしかねない勢いの俺に、何から突っ込んだらいいものか、と気の抜けた炭酸みたいな声で友人は応えた。

「不毛とか言うなマジへこむだろ……。わかったよ、わかったから手ぇ離せ」

それから店、変えっぞ、と左可井が言う。
首を傾げながら周囲を見回して―――――深く反省した。

突き刺さる視線、握り合った俺と左可井の手、参考書を開いて皿のような目をしている連中の中には同じ塾の奴も居る。
…やらかした。刺されるのは、友人の方じゃなくて俺だ。





「そんで?その誘いたい相手ってどんな子なの」

今度はファミレスにしけ込んだ俺たちは、先ほどの情報誌を真ん中に額を寄せ合っていた。

店の代金は俺持ちだ。先ほどの騒ぎの詫びと、講師代を兼ねてのことである。主婦じゃなくとも年末は財布の中が寂しいというのに、結果が出なかったら怒るぞ。


友人、左可井の哀しい趣味のひとつは、彼女が居ると仮定してデートスポットだの観光名所だのに出かけることだ。
女の子が好きそうなカフェなぞにも1人で特攻し、ケーキセットを食いつくす猛者でもある。いつか花実が咲く日も来る、と奴は言うのだが、まず先に好きな女にアタックした方がいいんじゃなかろうか。

「うっせえな、お前だって彼女居ない癖に。うちの学校じゃなあ、3年間相手が居ないとシーラカンスの称号が与えられるんだからな」
「そんな色惚け高校に行かなくて本当に良かったぜ、緑陽館さんよ」

林なんてダブルシーラカンス決定だな、と心の中で嘲笑った。あんな変態コンビを好く女が居たらお目に掛かりたいものだ。”シーラカンス”には『中空の背骨を持つもの』という意味があるらしいが、あいつらは背骨の中どころか、頭の中身までもが仲良く空っぽに決まっている。そのままジュラ紀かデボン紀にでも帰るがいい。そして俺が生きている間は戻ってくるな。

知らず凶悪な笑みを浮かべていたらしく、眼前の推定シーラカンス男はうっと息を呑んでいた。

「いや…あくまで噂で、実際そう言われた奴は見たことねえけど…。そ、それはともかく、あれだ、東明の誘いたい子だよ。どんな感じなんだ?」
「ああん?ああ、…ええと…」

ビニールでコーティングされた、妙に弾力のあるソファへ身体を沈めた。天井に埋め込まれた照明を仰ぎ見ながら相手のことを考える。

――――斎藤斗与。
春先に加わった同居人の1人にして、同じ普通科の下級生だ。初対面は俺が失敗して最悪な感じに終わったが、今ではすっかり仲良く―――いや、普通の付き合いが出来ている。
小柄で少しばかり色素の薄い髪と目をした、ぱっと見大人しそうな容姿の男。見慣れれば数少ない特徴も埋もれてしまうような、俺とどっこいの一般人だ。

どちらかと言えば華奢なつくりの彼は、動作が危なっかしい時すらある。身体の大きさに見合った動きじゃないというか、平生は静かなのに「こうだ」と思ったらぼーんと振り切れてしまう感じがするのだ。

大江や皆川に蹴りを入れている光景は日常茶飯事、俺だとて以前、斎藤を女と間違えてしまい、殴りかけられた。…忘れられない記憶である。
大抵はあいつらが斎藤を構い過ぎた結果の、当然の制裁だ。普段の斎藤は至って礼儀正しいし、時々ふわっと笑ってくれるし、「せんぱい」って呼んでくれる。大体、あの下宿で俺に「先輩」って付けるの、斎藤と皆川しか居ない。何故なんだ。




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