シークレット・シークレット



喫茶店の中は受験生でごった返している。

窓の外の景色は寒々と灰色で、車や路面店の灯りがちらちらと点をともしているが、こちら側は膨張した空気が視認できそうなくらいに暖かい。
ここはチェーンにしては幾ばくか高い金額設定だと思う。けれど、でかい進学塾ビルの直下にあって、追い出しもない為か、皆、コーヒーや軽食を買い繋いでは、店に入り浸っている。
自分の部屋や塾の学習室よりも、人のお喋りがあって、空調が効いていて、食い物が食える所の方が、時として捗るような気がする。ぴりぴりし過ぎていない、このくつろいだ雰囲気が、却って良いのかもしれない。

尤も、寒さを避けて入ってくる一般客にとっては迷惑極まりないだろう。トレイを持ったまま、奥までやってきた後、消沈した様子で引き返していく若い女性の二人組がいた。
心の中で頭を下げる。俺もそうした受験生の一人になっているのだ。



とは言え、目下、丸いテーブルに広げているのは参考書や電子辞書ではなくイベント情報誌と携帯電話だ。それから差し向かいに腰掛けてうんざりした顔をしているのは、他校の友人である。進学塾の仲間であり、俺の最大最悪最凶の敵、林のばかどもと同じ高校に在籍している男だ。

名を左可井 新と言う。



俺は平生、なんたらウォーカーだのの類をあまり買わない。文芸誌や新聞社が出す雑誌を買う程度、他は決まったファッション誌を1,2冊手に取るくらいだ。それも余程気に入ったものじゃなければ手を出さない。
手垢が付きそうな勢いでぺらぺらと捲っているブツの、ほんとうの持ち主は、誰在ろう目の前の左可井である。
タイトルは、ベタベタながら『冬のロマンティック★イベント一大特集!二人で行く楽・味・恋な最新〜定番スポット!!』。すき焼き、しゃぶしゃぶ、焼き肉三種盛り、みたいな見出しの付け方だなあ、煽りだけで胃もたれしそうだぜ。


「二人で見ると恋が成就するという噂のスノーホワイト・イルミネーション…」
「なあ、東明よ」
「冬のレイトショー3本コース…、18歳以下でも行けるのかこれ」
「しーのーあーけー」
「なんだよ左可井」

黄色や赤、定番の赤&緑に彩られた紙面から顔を上げると、ドングリ眼を不機嫌に眇めた友人に出逢った。
丁度良い、目当ての記事を指し示して聞く。


「このイルミネーション、お前行ってみた?」
「あー、行った行った。行きましたよ」
「どうよ」
「どうもこうも、11月までは普通の並木道と公園広場だし、12月になったら途端にカップルで埋め尽くされるご想像通りの不思議ゾーンだよ。1人とか男同士で行くと、世界で一番寒い冬を味わえること請け合いだ」
「…ふうん」


でも『彼』は、意外とこういうのが好きだったりしないだろうか。


すっかり温くなったコーヒーを煽りながら、奇麗なアーチを作る白光の帯を見る。
うっ、底の方に砂糖とミルクと何かのクリームが沈殿していたみたいだ。全部一飲みにしてしまった俺は砂糖漬けになったベロを上顎の裏へ擦り付けて中和を図った。
喉がぬるぬるする感じ。慣れないものは飲むもんじゃないな。

―――目があった左可井は、何故か、俺と似たり寄ったりの顔をしていた。


「…東明さあ、お前息抜きするって言ってたけど、筋肉弛緩し過ぎじゃねえの」

言いたくて堪らなかった台詞を遂に口にした風情の奴に、「そうか?」と聞き返した。
友人は心底呆れた態で、椅子の背もたれに腕を引っかけて反り返る。ついでにカップを煽ってさらに難しい顔を作っていた。
頼んで1時間も経てば大概酸化しちまっているに決まってる。

「俺が指定校組じゃなければ、お前刺し殺されてるぜ」と左可井。
「分かってねえな」と俺は言う。「…指定校組ってだけでお前は充分刺される権利を持ってるよ」



12月にもなると、指定校や公募制の推薦で進学先に片の付いている人間は、これからの一般入試を控えた受験生にとっては微妙な存在ともなり得るのだ。
卒業旅行の話をしていたり、ここぞとばかりにアルバイトを始めたり、彼氏彼女を作っちまう奴なんかも居て、―――目標が違う、自分で選んだ方法だ、と己に言い聞かせても理屈じゃ治まらない腹もある。

俺は附属大学への内部推薦だけれど、日夏大の推薦入試はそれなりにしんどい。
競争率は高く、推薦枠は少なく、面接だって勿論ある。進学後も成績査定が入る。とどめに他の推薦入試と比べて結果が出るのが遅い。
左可井の選んだ大学も俺と似たり寄ったりで、卒業までの成績で入学後の学費が変わってくるところらしい。
一般組の連中は必死こいて勉強しているので、全体的に成績が上がっている頃合いだ。他の推薦組みたく、一息吐いてもいられない。

嫁いだ先にまあ鬼ババが!残り時間で急げ花嫁修業――これが俺と左可井の現況である。





- 2 -


[*前] | [次#]

短編一覧



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -