理由



(久馬)

「おっわ、やめろって!」
「うっせ!もう二、三発殴られろ!変態!」
「やんのはいーけど、やられんのは趣味じゃねっての!超慎んで辞退っ」

お世辞にも広いとは言えない耐火倉庫の中で追い掛けっこをする、オレとハコ。
こっちのジャケットの袖口は白く塵まみれになってしまったし、奴の丸い眼鏡は妙な曇り具合だ。いくら音が漏れにくいからって、ねえよこの展開は。
これが剣菱のいう青春ってやつなのか――いーや、絶対間違ってる!

潰れた学校の何周年記念誌で友人の頭を殴打し、オウオウ気が済まないぜあと二、三発だな、と思っていたところで、ハコの声に必死さが増した。まあ普通に痛いだろう。電話帳の半分はあるし、殴ったオレも手首がじんと痺れたぐらいだから。空いた本棚に用済みのそれを突っ込んだら、もうもうと埃が舞った。

「…これに懲りたら二度と勝手な真似はしねーことだな」
「あ、それは確約できねー」
「………」

こいつの辞書には反省と貞淑と常識の文字はないってことを忘れてたぜ。

「ハコぉ〜?!」
「いやだってマジ俺別になんも悪いことしてねーもん」
「充分悪いだろ!勝手にメンバー増やしやがって!」

ばん、と怒りに任せてラックをはたく。ハコは渋面を作った。こいつの顔の構成って全体的に細いラインで出来ているから、こういう時はかなりキツい感じになる。

「だって好きなやつ誰でも入れていーつったじゃん。あと入りたいって言ったやつも」
「……そりゃ、そうだけどよ」

一緒に行こうぜ、と誘って来たやつを全部足していったらあっという間の十人超えだった。いつものことだ。昔からオレとハコが二人でつるんでいると、人がよく寄ってくるのだ。
基本来るもの拒まず、去るもの追わず、はオレたちの最大の共通点。お互いに対するスタンスもそうで、だから今に至るまでうまくやれてるのだと思う。
だけど、今回は違う。

「…でも、月下は別だろ」
「なんで」と友人は平坦な声で言う。「どーして月下だけ別なん」
「…そりゃ、」

あいつがオレを避けていて、

「オレがあいつを嫌いだからさ。…そんなこと、お前、前から知ってただろ」

如何に鬱陶しくて、目障りで気に入らないか。
一番近くにいたハコが、一番良く知っていたのは自明の筈じゃないか。なのにわざわざ誘うだなんて、どんな了見よ。
オレが分かりやすく不満――つうか、むしろ怒りだな――を露にすると、彼はさらに不快げになった。
しかもでかい溜め息つき。

「…ほんと、小学生かよ。今時ガキでもんなこと言わねえよ」
「はぁ?!」
「キューマが月下のこと、気にしてんのは確かにその通りだ。…でも、いつもみたく放っとけよ」
「よかねえよ。普通に考えてみろ、嫌いな奴を突然仲間内に入れろって言われて、ハイそうですか、で済むか!」
「なら俺ごと切り離しゃいーじゃん」

事も無げに白柳は言い、それを聞いた途端、後頭部をがつん、と殴られたような気分を味わった。
友人が裏切り的なことを口にしたから、じゃない―――まったく、ハコの言う通りだったからだ。

「どういう付き合いしようが、何処に行こうが、究極さ、俺ら好きにしてんじゃん。…でしょう?」
「………」
「俺は剣爺とサカシタの話になって、じゃあウチに呼ぼっかなって思ったから、やっただけだよ」

女みたいに誰を呼ぶなとか、あいつが来るならどいつは厭だ、みたいな変なつるみ方はしたくない。ずっとそうやって来た―――暗黙の了解を自ら踏み荒らしてしまった気分になる。ハコの態度がやけに冷ややかで、暗憺たる思いに拍車を掛けた。

「…なあ、ハコ」
「何」

ずっと、気になっていたことがある。
どうして、白柳はそこまで月下を構うのか。甲斐があるようには見えないのに、頻繁に声を掛け、内輪に誘う。何故だ?

「…俺は、むしろ久馬に聞きたいね」
「…何だって…?」

ハコはすうっと口の端を吊り上げる。厄介な記憶ばかりを思い出させる表情だった。

「俺の場合はね、理由は三つある。ひとつは俺自身、ふたつめはお前――久馬。最後は月下」
「…は?」

順繰りに自分、オレ、ラストに重厚な金属扉の先を示した動作は、あまりに道化染みていて、どうしたってからかわれているようにしか思えない。生来、気は短い方だと自覚はある。ハコも充分分かっている筈だ。
…ということは。

「…お前、オレに喧嘩売ってんの。適当なこと言ってはぐらかそうってか」
「うーん、武力解決とか威圧して解決、は久馬の悪い癖だね」

てめえだって時々やってんだろうが。

「…もうひとつ悪い癖がある。…ちゃんと考えないことだ。今みたいにね。頭の出来はいーんだから考えなさいよ」
「あぁ?考えてっだろうが!そんでわかんねえから怒ってんだよ!」
「じゃあ何故、月下が自分を避けるのか、答えは出た?」
「……!」

そんなのわかんなくても結果だけで充分だ。逃げられてる事実に変わりはないから。けれどハコは歌うように――嘲笑うように言うのだ。

「原因があっての結果でしょ」


ねえ、―――忍。


「俺の『理由』、二つは説明してあげる。
久馬が月下を、月下が久馬を気にするのはどうしてか、そろそろはっきりさせたいから――だよ」
「気にしてなんて、」
「そこから否定なんて…させんなよ」と奴は吐き捨てた。酷く、億劫そうに。「だからガキか、って言ったんだ。舐め回すように毎日見てんじゃん。ある意味俺以上」
「バッ……!!」

いきなり出てきたトンデモ発言に、オレは赤くなり――青くなった。オレが?月下を?

「ふざけんのも大概にしろ!」

さっき仕舞い込んだあの分厚い本、何処行った!こいつは今すぐ完膚無きまでに叩きのめさねえと辛抱たまらん!

「はぁ…自覚マジでねぇの?それとも自己暗示の一種みたいなヤツ?」

呆れを通り越して疲れたみたいに友人が言ったのと、武器を諦めたオレが相手の襟首を掴んだのはほぼ同時だった。
遠回しにねちねち言われるのが一番腹立つんだって、分かっててやりやがる。

「……白柳…っ!」
「そんなに面倒ならいーよ。…俺、月下と二人で行くわ」



は?



短く首を覆うカラーから、ハコはささっとオレの指を払った。反応できないくらい、しっかりと硬直したオレをそこらの荷物をどかすみたいに軽く押し退けて。

「…あ、もう十五分じゃん。見目うるさいからなー…。おーい、久馬、戻っぞー」
「………」
「…いちいち固まるなよ、意外とアクシデントに弱いんだから」

ハコはすたすたと扉に向かって歩き始めていた。正気に返ったオレが奴の不在を悟ったのは、電気が消されてから、というお粗末さ。
これで鍵を渡しっぱなしにしていたら、絶対閉じ込められていたと思う。ハコならやる。まず間違いなく。

(「あいつ、」)

混乱する頭を抱えながら、オレは、立ち去った親友の言葉を反芻しまくっていた。短い時間に聞き捨てならないことを山程言われた。


ガキだとか、
考えなしだとか、
班は解消するだとか、
オレが月下を追っかけ回してる(嫌っているという表現は意図的に避けられていた)だとか、


中でも思考の奥の奥までこびりついて離れない、台詞。

『俺の場合、理由は三つある。ひとつは俺自身、ふたつめはお前――久馬。最後は月下』

あいつが明かさなかった最初の理由。それって一体何なんだ?
オレと月下の関係をはっきりさせて、――それであいつは、どうしたいんだ?


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