飽和W



久馬の、やけに落ち着いた口調もまた、現実感の欠如に一役買っていた。痩せた体躯を抱えながら彼はごそごそと動き、大きく溜息を吐く。
これから先の行為は絶対に間違いで、だけど、やめるつもりもないのだと、決めているのが伺える雰囲気で。


隙間を極限まで埋めた両脚の間に、ぬく、と塊が押し入ってくる。


「ひゃ…」
「……、」

目をいっぱいに見開いて、その感触を味わった。
嚢を押し、僕のゆるく勃ったペニスを下から掬い上げるように、重ねるように侵入される。熱いと思ったのは、これまでにないくらい密着した彼の身体か、

―――それとも。

「…思ってたよか、やべえな、コレ」

苦笑が混じった声で久馬は言った。太股の両側にぐっと力が入る。彼はそこを支点に、ゆっくりと腰を動かし始めた。衣服越しの、遠慮がちな動きじゃない。僕と、自分とを出来うる限り擦りつけようとする意図が、明らかな動作だった。

「あ、あ、あ、っあ」

擦れたところがどんどん、濡れていく。
両脚の間、陰嚢の裏、久馬の手は僕ごと自身のペニスを握る。
上体を崩し、尻を掲げた体勢で僕は、これまでにない快感にわななく拳を眺めていた。爪が掌の、やわらかい部分へ食い込んでいく。開いた口脣からは涎と、抽挿に合わせてだらしのない喘ぎが漏れた。

「なあ、もっと声、出せよ。…その方がきっと、楽だぜ」
「うっ、あ、だ、だって、」
「…はっ、…何?…『だって』?」
「あ、あっ、き、きもちわるい、じゃ、」
「気持ち悪くなんて、ねえし」

衣服がしゅ、しゅ、と擦れる音を追いかけて、彼とくっついているところから粘着質の音が聞こえてくる。くぷ、ぬちゅ、ぬちゅ、くちゅり。音が激しくなるにつれて股がびしょびしょになる。久馬の先走りと、僕が垂らしていた精液が混ざり合っている。

「ほら、自分でもやってみ」

腕がとられて下腹部へと導かれた。彼の手が逃さない、というように上から被さってきて、一緒に陰茎を扱き出した。打ち付けられる腰の振れが激しくなって、次第に僕は添えているだけの格好になってしまう。

僕も揺れている。尻を、振っている。

気付けばびりびりと痺れる舌を突き出して、嬌声を上げていた。
肩を丸め、こめかみを床へなすりつけながら気管を限界まで開いて、はしたなく。太股の外側を乱暴に掴まれていることにすら、感じた。

「あ、はあっ、い、いい、…あんっ」
「く…、さかした、…月下っ、」

ぐっちゅぐっちゅ、とねばついた音がやかましくなる。ともすると力の脱けた脚は開きそうになるのだけれど、締め付けた方が気持ちよくなれると分かってからは、残りの力はいやらしくも、自分の股を合わせることに注がれた。
濡れる下半身が気持ち悪くて、気持ちいい。
そこに出入りしているのは、重なる性器を扱いているのは、僕の名前を呼んでくれているのは久馬だ。


僕は、いま、久馬としているんだ。


「い、だ、だめだ、だめ、…あっ、あ、あ、いく、―――ッ!」

その事実を改めて認識したとき、意識を繋いでいた導線は完全に焼き切れた。悲鳴じみた嬌声は快感と同じ早さで僕を貫く。がたがたと痙攣する体躯でもって、彼も自分自身を熱心に擦り上げた。
感じてくれているのかもしれない、そう思った途端に白い世界は緞帳を落としたかのように、黒く、反転する。



境界が、とけた。






- 86 -
[*前] | [次#]


◇目次
◇main



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -