飽和U



(月下)


四つん這いになって、顔を床に押し付けても苦しさより行き場のない快感が勝った。
もう苦しいのすら気持ちよかったのだろうか?これは、ああだ、あれはこうだ、と明確な区別をつけて、感情や感覚を整理することは最早出来なくなっていた。
ひたすらに、「悦い」。ただそれだけ。だから、僕の尻を剥き出しにした久馬が次に何をしようとしているかなんて、―――乱暴な言い方をすれば、どうでも良かったのかもしれない。

「あ…っ?!」

火照った身体にすう、と空気が触れていく。ぼろぼろになったシャツ一枚でも、あるとないのとでは違った。
それから、腰から太股へ向かう湾曲したラインを彼の掌が撫でた。勿論、僕は反応した。震える背中に、温かで、少し湿った感触がある。人の吐息だ。腹に力強い腕が回って、無理矢理抱え上げられた猫のように、背をしならせた格好になる。

「…きゅうま…」
「…クソ、」

オレは、と彼が唸るように言う。「オレは」―――その後は、なんだろう?
ぼんやりと不思議に思っていると、ふいに、ぐ、と硬いものが押し付けられた。

「は…、んあうッ!」

末端から脳へびりびりびり、と伝播していくものがある。頭がわっと白んだ。四肢が強張り、喉が詰まり、気管の、ごく表層で喘ぐように呼吸を繰り返す。

「手伝うとか、言って。…オレまで、…なんなんだ」

彼らしからぬ、くぐもった声は僕の身体の空洞を揺さぶる。欲情しているのだ、と遅まきにも理解する。低く不機嫌そうな響きを帯びているのは、興奮を押し殺しているからなんだ。でも、どうして、久馬が。彼が興奮する対象がわからない。

白柳に何を与えられたのか、と問われたことが、その答えが一瞬、はっきりした形を持ったように思えた。けれど、同じ速度であっという間にほろほろと崩れていってしまう。僕の思考には微塵も残らない。もし僕の中に堰のようなものが存在するとしたら、それは既に決壊していた。会話の内容や起きた出来事なんかを留めていられなかった。朦朧とする意識の向こうで、よく耳にする金属音が聞こえる。衣擦れの音、人の身動ぐ気配も。

「あっ、…あっ?」

悪い、と背中から声がした。
同じタイミングで、さっき奔ったあの、もどかしい快感がやってくる。
硬質のなにかが押し当てられていたのは、少し前まで、いやらしい玩具が犯していた後孔だった。

「ひっ、あ」

あの薬液を湛えた性具が、再び這入り込もうとしているのだろうか。
無情に震動する機械は、裡から理性を剥がしていく。代わりに塗布されるのはひたすらに快楽を貪ろうとする本能、それを得るために何でもしようとする浅ましいこころだ。

(「…まさか、そんな…っ」)

確かに抜き取った筈だ。流石に、覚えている。
でも、菊座のくぼみへぐいぐいと侵入しようとする硬さは、あの玩具とあまりにも酷似していた。強いて言うのなら、もっと重く(そう、重さを感じる筈はないのに、僕の知覚は「重い」と判断していた)、何より、人の熱を持っていたのだ。

「―――い、っ、あっ、あっ、はあっ」

一度、強く押し付けられて、それから、ぐっ、ぐっ、と身体を前後に揺さぶる動きは規則的なものに変わる。床にくっついた頬が揺さぶりに合わせてず、ずと擦れる。コンクリートへ熱が移っていく。もう冷たさは感じない。
覆い被さっていた久馬を、目が、捉えた。
照明の具合か、深く翳を落とした容貌において、そこだけがぎらぎらと狂おしい光を点している。眉を顰めた彼の顔は、苦しそうで―――同時に、官能的だった。濡れた口脣をねっとりと舌が舐め回す。まるで舌なめずりのような動作を見た刹那、組み敷かれた僕の身体は一気に熱くなった。

「えっ?!―――…あっ、あっ、はあっ!」
「…っ、ふっ、」

僕の身体。揺れてる。揺さぶっているのは久馬だ。腰が押し出されて前へ進み、でも、腹を抱える腕が逃げを赦さない。奇妙な液体を擦り込まれ、ほぐされきった尻の穴がずりずりと擦れる。膚を刺すのは、背中までたくし上げられたシャツじゃなくて、別の、多分、久馬の服の感触だ。限界まで首を捻って振り返った視界に、現況が飛び込んでくる。それも凄い勢いでぼやけた。この期に及んで、限りを知らぬかのように涙は、次から次へと溢れ出す。

「あっ、な、なんで、久馬っ」
「悪い、何か、もう」

フレンチグレーのスラックスが彼の腰辺りでわだかまっている。
黒っぽい下着が見え、僕の尻の間に埋め込むように、布を押し上げて勃起した、

彼の性器が。


「やっ!…い、いや、あっ、あ、ああ、」


いやいやと首を振るのも、言葉にするのも、拒絶じゃなくて、信じられなかったから。どうして久馬がこんなことをするんだろう。反応を見るだけにしては、完全にやり過ぎじゃないか。



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