融解X



逆に染みたんじゃないか?しゃがむ彼に縋り付く格好で、初めは片手でもって、分厚い生地へ爪を立てた。とろけた和糊に似ている。古ぼけた電灯が原因か、疲れで視界がおぼつかない為か、取り除こうとしてもうまくいかない。むしろ擦りつけてしまったような気がしてきて、狼狽する。

「んっ、取れな、い」

引っ掻いても、摘んでも、染みは広がる一方だ。まるで取り返しがつかない失敗を責められているみたいだった。焦りに心臓がばくばくと鳴る。僕は剥き出しの膝でいざって、より久馬へと近寄った。掌に付着した精液を眺める。汚い。自分のシャツで拭う。


『―――こういうときはね、舐めて』


耳に木霊するやわらかな声は白柳のものだ。
僕と彼は、様々な形で互いに触れた―――心も、身体も。
さっきまで強いられたものは今まででいっとう、線を乗り越えていたけれど、淫らな部類に入る遣り方で接触したのは初めてじゃない。手で、興奮したペニスをしごきあったり、差し出された彼の指をしゃぶったり。自分で弄ったことのない胸の突起を、容赦なく弄くられもした。考えられないシュチュエーションで射精したこともあれば、性器への刺激で単純に「イった」ことも、ある。
顎の先に白く放たれた欲望をひっかけ、呆然としている僕に彼は言った。あの秀麗な容貌に、恐ろしくも吐きかけてしまったことだってある。それでも彼は、嗤いながら、当然の理を説くように命じたものだ。舐めて、きれいにして。余計に汚れるよ、と泣きそうに抗ったって、聞いてはくれない。

『何も汚いものなんてないから、汚れようがない』

そんな、馬鹿な話があるか。
けれど、僕はいつだって舌を差し出す。これで相手が満足してくれるのなら、某かの対価を支払えているのなら、僕の羞恥心なんて安いものだ。布で拭っても、指で掻いてもどうにもならないものを、穢らしい感覚器ひとつでどうにか出来るとは思えない。それでも、すこしでも、奇麗になれば。


「――――ッ、」


景色がぐるり回転する。急なぐらつきと、後頭部に受けた衝撃で吐きそうになった。気管を全開にする心境で、胸をぜえぜえと鳴らしながら呼吸をする。頭痛い。それに、また、

「ん、はっ、あうっ…」


腰骨を突き出すようにして、僕は。


「…はあ…ったく、なんなんだよ…」

押し倒した久馬の声は掠れて、荒い。信じがたいことにそこに嫌悪が含まれていないのだ、と、気付いてしまった。偏に、好いた相手の機嫌伺いに専心していた、浅ましさの為せる技だ。
なんなんだよ、と譫言みたいに、彼は呟いた。ごっ、と鈍い音がして、またしても、僕の頭とコンクリートが衝突する。痛みは―――今度は感じなかった。

「うっ、んん」
「はっ…くそ、」

ぬるく、厚いものが、口脣を塞いでいる。
何よりも、濡れた性器を締め付ける感触に、僕はくぐもった悲鳴をあげた。




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