融解W




「…っ、っさい」
「…あ?」
「うるさいっ」
「は?!―――っ、うお!」

僕は彼の顔を見ない、という卑怯な選択を決めたまま、自分の要求を押し通した。少しの間、大人しくなっていた故に油断があったのか、謂われのない罵倒に呆れたのか、全力で手を振り払うと、彼の拘束から何とか逃れることに成功した。

「うあっ」

やっておきながら、ぶん、と振った手の勢いに負けて、尻餅。べちゃ、と尻から冷たい床に座り込んで、その感触に息を呑む。こんな刺激にすら感じてしまうなんて、一体どうなっているんだ、僕の身体は。内股をあらたに汚したものの正体なんて、確かめたくもない。

「おい、大丈夫かよ!つか何考えてんだお前は!!」
「ん、ううっ…」
「……」

焦った声が追い掛けてくる。彼は片膝をついて、此方を覗き込んできた。
内部で石炭でも焚いているかのように、頬はかっかと熱く、座った体勢から動くのが億劫なほど、身体が重い。大仰に呼吸をしないと、思ったとおりの量、酸素が入ってこない気がする。犬みたいに、はあはあと口を開いて空気を取り込む。

油断すると、衝動に突き動かされるままに、思ってもいないようなことが口からあふれ出てしまいそうになる。思ってもいない、というのは誤りか。理性や自制心によって濾過されていない言葉。そして、腫れ上がって痛いくらいになったペニスを思うさましごきたい、そうして気持ちよくなりたいと、いやらしく願う己がいる。
滓みたいに残っているいつもの僕、この後に及んで、久馬に見捨てられたくないと望んでいる僕がそれらを必死で止めている。

嘆息、あるいは、息を詰めるような音がして、ゆるゆる視線を上げた先には、心なしか紅潮した、久馬の、整った顔があった。僕は小ずるく俯き―――目当てのものを見つけた。

「…うるさい、とか、…大丈夫かよオイ」と、彼の声。ぼやけて聞こえる。「…月下、きっと熱あんぞ。取りあえず、後で色々聞くし。オレも言いたいことあっから、ごめんとか、そういうの、もういいから」
「…ぁ、はあっ、はあっ…は、ふふっ…」

また、随分と都合の良い幻聴が聞こえるものだ。これはうつつか、いいや、妄想かと、確信と疑念が行ったり来たりしていたけれども、…もしかしたら後者なんだろうか。
今更夢でした、なんていうのは勘弁して欲しい。夢なら、どこから現実だったらまだマシだろうか。多分、久馬と距離を狭めることになった、事の起こりから巻き戻すのが一番無難だ。益体もないことをつらつら考えると、口の端が勝手に吊り上がっていく。ばかみたいだ。

「…さかした?」
「はっ、これ、とりあえず…」

奇麗にしなくちゃ。
彼のスラックスの埃を手で払う。僕の手それ自体がどろどろの所為か、今ひとつ奇麗になった感じがしない。試みに、膝頭に付着した、汚らしい半濁を指でこそぎ落とすようにする。

「あ、れ…、やっ…ぱ、駄目かな…」




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