融解V



(月下)

僕の身体は分解されて、バラバラになってしまうんじゃないだろうか。
きつく、彼に握られた手首から下の何処にも、力なんて入っていなくて、腰のあたりは格別にずんと重い。堰が切れたように、目からは涙が、口からは懺悔の言葉が溢れている。

「ごめんなさい、ごめん、こんな、汚い、厭だ、僕は、ぼくはきたない」

磨りガラスのようにぼやけて、不鮮明な視界。いっそすべてが見えなくなってしまえばいいのに、ひとつだけはっきりしていることがあった。

ふたつの目よりもだらしなく滴を零している、僕のペニス。

白柳に触れられて、もう幾度目か分からないほどに、強制的に吐精をした。
浅いスリットの入った尿道口がはく、はく、と微かに開閉している。そのたびに粘性の乏しい、薄い精が芯を伝い落ちる。感触にぞくり、と鳥肌が起つ。まるで爪先で筋を辿られているみたいだ。前だけじゃない、後ろはあの張り型を挿れられていた所為で常よりも綻んでいるようだった。

白柳は、それこそ生地を柔らかくするような丁寧さで、穴の周囲を解してから、玩具を入れていた。
人工色の薬液――そうだ、彼はあれを「サイインザイ」だと言っていた――を塗り込んで、初めは優しく、しまいには乱暴に玩具を動かし、僕は下腹の裏あたり、勃ち上がった性器の裏側であったようにも思うけれど、そこを掻かれた瞬間に、ぼんやりした鈍い痛み、痛みを遙かに上回る快感を得たのだ。…ばかりか、彼の陰茎をしゃぶる行為にすら、感じ入っていたように思う。
胎を犯している無機物と、口を犯している友人のペニスが一瞬の間シンクロしていた。
僕自身の性器は手淫ですっかり育てられ、踏みつけられても、いや、衣服に擦れる刺激にだって反応するようになっている。先は赤く腫れて、幹本体は腹に触れそうなほどに勃起していた。

久馬は僕を助け起こそうと、手を貸してくれただけだったのに。
彼に触れられている、脇から抱え上げられて、硬い腹や太股に自らの体躯を擦りつけていると知覚した途端、脳内に溜まっていた快楽物質は容易くはじけた。
その感覚は、爆ぜ割れたまま、腐ってしまった無花果に似ていた。
肉っぽく淫らな内側が、腐臭を発している。それは、僕のからだそのものだ。


「あっ、ふあっ、いや…あっ?!」

久馬は両手を腕に突き出した僕を吊り上げていて、僕の方はと言えば膝を半ば折るような格好で、床へと接していた。びくびくびく、と頭から爪先にまで稲妻が奔っていく。腰が勝手に動いた。性器の先が潤み、精液を垂らす。青臭い匂いがする。

「いやだ、きたな、汚い、…み、見ないでくれ、ふあ、あっ、はあんっ…!」
「おっ、おい、落ち着け、月下!落ち着けったら!」

一度射精が始まると、箍を失ったみたいにペニスは吐精を続けた。貧弱なそれは精一杯首をもたげて、ぴる、ぷしゅり、と間抜けた音をたてながら滴を零した。僕が、あっ、あっ、と聞くに堪えない喘鳴をあげるたび、まるで呼応しているかのようだった。
薄く開いた目で、向かい合わせに立つ久馬のスラックスに、濁った色の液体がかかっているのを見た。あれを何とか拭き取らなくては、奇麗にしなければ、という強迫観念が、じわじわ襲ってくる。
絶対に汚してはならない、侵してはならない聖域に、唾を吐きかけてしまったような気分だった。いや、唾なんてものじゃない。もっと酷い。

「ご、ごめん…ごめんなさい、はっ、すぐ、きれいに、」
「お前、」
「あっ、んんっ」

呂律が回らない。うまく喋ろうとして腹腔に力を入れると、緩んだ蛇口から精液が漏れる。
久馬からすれば、今の僕は、おぞましいか滑稽か、その両方か。
あの、意志の強そうな双眸に浮かぶ、軽蔑の色を思い出してぞっとなった。校研の話が出る前、そして、彼が僕を無視していた期間に、度々目にした表情。友人として接することが出来た経験があるからこそ、絶望してしまう。僕が最も怖がっていたことだ。

何が起きているのか分からないらしく、絶句している彼は、それでも痩せた手首を離しはしなかった。そのやさしさが嬉しく、同時に哀しい。いっそ捨て置いてくれたら諦めもつくのに、と我ながら鬱陶しい思考が沸く。

「は、はな、して」
「…な、に言ってるんだ、月下」
「離して、あっ、うく、…お、お願いっ」
「…駄目だ」

駄目、とか、そんな。普通は関わり合いになりたくないと思うだろうに。途切れる様子のない性感の所為なのか、申し訳ないという感情に、苛立ちが混ざり始める。
この上もなく疲れている、それも、ある。彼女が居たことも無ければ、性の経験も無い僕にとって、現況は初めてのことだった。情けない話だけれど、こんなにも体力を使うだなんて知らなかった。だから、疲弊しきっていたし、とにかく混乱していた。

後から反芻すると、言動は支離滅裂で、思考と思っていたものは、そんな上等な代物じゃなく、一方の久馬は久馬で、困惑していたのだ、たぶん。



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