Veritas Vos Liberabit W



「…真赭」

友人は掌で扱き出すように陰茎を拭い、同じ手で顎を掴んだ。見上げたら、彼は腰を屈めて僕の鼻先に自分のそれを近づけた。

「何を、考えてるの―――どうして、ヘーキなの。なんで俺を責めないの」
「っは、はあ、…はっ」
「……」

きら、と何かが光を反射する。机の上に置いてあったらしいペットボトルには僅かに水が残っていたようだ。白柳は中身を含むと、僕に口づけてきた。生温い水と、苦い、奇妙な味のするものが流れ込んでくる。後者は多分、口の中に残っていた白柳の精液だ。一瞬うっ、と思ったけど、まともな水が欲しくて、我慢して嚥下する。…少しは楽になった。

「あ、自分の飲んじまった。サイアク。…まあ、いっか」と友人は唸った。そして僕を見る。
「…なあ、それって同情なワケ?」
「…どう、じょう…?」
「俺は別に同情でもいいんだけどさぁ、この際。でも、…ねえ。何を、しようとしてるの、真赭。」
「きみ、の、とう、ぜんの…、」

言葉がうまく紡げない。久しぶりに喋った気すらする。

「…当然の権利だ…。…好きにして、いいんだ…っ、君は…」
「権利?―――じゃあ、俺がその権利を執行した後、真赭はどうするの?」

ようよう、そう告げると、彼は酷く訝しげな声を出した。
ぴったりと額に貼り付いている前髪を優しくかき上げられ、目蓋を閉じそうになる。

これも、もう、最後になる。

未だ張り型に犯されたままの下肢が疼いたが、一度舌が回ると押さえ込んでいた気持ちが溢れていくようだった。
僕は白柳と、話がしたかった。そして白柳は、僕に「話なんて無い」と言った。だからこのチャンスを逃してしまったら、伝えるべきことを何一つ言えないで終わってしまうと思った。

「…僕は、久馬の所に行く…。行って、…っぅ、全てを、話す」

彼を避けていた理由、そして彼への感情を。

「『赤い糸』なんて、関係無い。…関係あるかもしれなくても、僕が、今、彼を好きだと思ってることだけは事実なんだ。それをちゃんと、説明する。受け入れて貰うとかじゃなくて、もし、それで、嫌われても。…ぼく、僕はっ、いいんだ」
「ただの自己満足」
「分かってる。…っく、…多分、君の言うとおりなんだと思う」

そうすることで、僕は白柳――君との関係も失うんだろう。

「でも、ほんとうに、いいんだ。…もう、ついちゃいけない嘘だから」
「俺がいいって言っても?」

彼の声はあくまで甘い。
何度となく縋った、他人の声に温度があるのだと教えてくれた。

僕は、きちんと、君が好きだ。友達として。
暗かったけど、こうして向かい合っている今なら、表情が分かる。さらりとした髪に覆われた瓜実の、端正な顔立ち。鱗翅のように振れる睫毛と、その下にある眼差し。僕を観察する目だ。それすらも、君らしくて好ましいと思う。僕は頷く。

「うん。だって、感情だけはあげられない。これだけは変えられない。
僕は今まで嘘ばかりだった。隠さなきゃいけないこともあったけど、しちゃいけないことまで嘘を吐いて、塗り固めて、…そうして降りかかってきたことを全部罰だと思い込んできた。だけど、違う。罰なんて初めから無かったのに。僕の行動の結果が、ただあっただけだったんだ」
「たぶん、これからも迷うし、考えても…間違えると思うけど、僕は、もう少し自分のことを信じてみる。目に見える『糸』じゃなくて、不確かだけど、自分の方を」


僕の頬に掌を当てたまま、白柳はじっと黙っていた。降り積もった沈黙は嵩を増して、部屋を埋め尽くしてしまうんじゃないだろうか、そう思うくらいに長く、感じた。
菊座を抉るバイブレーションのくぐもった音と、衝撃から理性を守ろうとする、僕のか細い喘ぎが響いている。慣れてきた――とは絶対に考えたくもないが、歯を食い締め、腹に力を込めてさえいれば、単に埋まっているだけなら、何とかやりすごせるような気がする。


しばらくあって、友人は「そお」と言った。
妙にあっけらかんとしている。

「…じゃあ、俺は本当にお前のことぶっ壊さないとな」
「…白柳…?」

ロイド眼鏡が折り畳まれて、ジャケットの胸へしまい込まれる。彼は小さく溜息をついて、髪を後ろへとかきやった。形の良い額や、柳眉の線が露わになる。その容貌に、はっきりとした苛立ちが浮かんでいるのを見て取って、僕は自分の失言(いや、違う、)―――最も彼が希まざる台詞を口にしたのだと、悟ってしまった。

「好きだよ、真赭。本当に好きだ」と、白柳は言った。
「―――…できれば、ちゃんとしたままの真赭が欲しかった。同情でも、…権利、だっけ?そんなんでもいいから、俺のものになるなら、よかったよ」
「…あっ、――…うあっ!」

何とかエラの部位までを外に排出していたのに、一気に押し込まれて悲鳴をあげてしまう。立ち上がった白柳は、机の天板のあたりをかたかたと叩いた。途端に、玩具の動きが激しくなる。ごり、とペニスの裏側を擦られた瞬間、僕は目玉を剥いた。煙草の火を押し付けられたみたいに、意識の網に穴が空いていく。

「…『あいつ』はねえ、それなりに好き嫌いが激しいから。お前とあいつを口も聞かないような関係にすることなんて、容易い話だ。例えば、…こんな風にね」
「あっ、ふあっ、…はんっ!」
「俺のにならないんだったら、少しばかりおかしくなってもらう。それで真赭が何処にも行けなくなるのなら重畳だ。」

今まで感じたことのない、凶暴な快感。汗だくの髪をばさばさと気が狂ったように振った。シャツが口脣に触れて、思わず噛みつく。じゃないと、この口から、とても自分のとは思えないとんでもない声が出てしまいそうだったから。
堪えろ、堪えるんだ。これ、さえ、終われば。

「生憎と、俺はね。お気に入りなら―――、人形相手でも燃えられる男なの」

目の裏が真っ赤になって、それから、ぶちぶちぶちぶちっ、と蕾が啼いた。

「…ん、くぅ、むう―――ッ!」

縛り上げられた身体の節々を張り詰めさせながら、僕は勢いのない、幾度目かの射精をした。竿にたらたら滴が零れていく。尻たぶと内股が感電したようにひくついている。

があん、と鳴ったのは、自分が打ち砕けて破片になった音だと思った。襲ってきたのは、それくらいの衝撃だったのだ。

脱力した僕の上から影がすう、と遠のく。

だぶって見える像――白柳が、手早く己の衣服を改め、何処かを睨み付けている。
があん、があん。まるで何かを蹴りつけているみたいな、銅鑼のような音がする、その方角を。

薄い口脣は舌なめずりした後、低い声を漏らした。


「…忍?」




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