Veritas Vos Liberabit V



(月下)


ぶちぶちぶち、と音がするたびに、僕の痩せた身体は瘧に掛かったように震えた。背筋が突っ張り、手首の縄が食い込む。足の指先がぎゅうっと丸まる。顎を首根に押し付けて衝撃に堪える。
奥が、熱い。
尻の入り口も、その先も。
硬い人工物が内壁を抉る。ぐちゅ、ぐちゅ、と緩慢な、けれどしっかりしたリズムで性器を模した玩具が蠕動している。僕の体躯を労るように注意深かった動きは、人工的かつ強制的で、―――快感を喚起するようなものに変じている。

さっきずっと舐めていた玩具、男性器の形を模したそれは、どうやら電池か何かで動く仕組みらしい。白柳は僕の上体を抱きかかえ、後孔を指で弄くったあとに、玩具を挿入した。ピンク色の粘液や僕自身の精液でどこもかしこも濡れていたから、インサートは実に容易かった。痛みはじきに薄らいで、もどかしい、掻痒感にも似た疼きが全身を支配した。
友人は、笑って、「クスリの所為もあるけど、真赭には素質があるかもしれない」と言った。とても嬉しそうに。
それから、ベルトを緩め、下穿きから己の怒張を取り出すと、僕に咥えさせた。小さな穴から滲むほどに先走りを含んでいたそこは、頬や鼻先を擦ったあとで口腔へ入ってきた。


「…んぐっ、うっ、…ふうっ」
「…ふ、そうそう、上手上手。さっき練習したものね…」

艶めいた吐息を零しながら、彼は僕の湿っぽい髪を撫でる。頸動脈のあたりから耳の裏側に指先が這い、白柳の昂ぶりを咥内に収めたままでぶるりと戦慄く。玩具とは比べものにならない感触と、味がする。何よりも熱い。それ自身が発熱しているわけじゃないだろうに、「熱い」と感じる。唾が絡んで、じゅぷ、と舌が鳴った。

…ああ、それにしても下顎が随分と重いな。口脣も痺れたみたいだ。腫れぼったくて、ぼわぼわする。白柳を傷付けないように、口脣で歯を覆うようにして口淫に堪えているからだ。

僕がせっせと育てているそれは、成果の甲斐あって、さっきよりも太さが増したみたいだった。少しずつ喉に入ってくる先走りの、塩っぽさが舌を刺した。ぼんやりと微睡んだ視界には、肉色の棒がずぶずぶと出たり入ったりを繰り返している。

頭の機能が正常に働いているかどうかの自信がない。僕が進んで彼のペニスを愛撫しているのか、撫でられているという認識が実は誤りで、髪を掴まれて前後に揺さぶられているのか、どっちかかもしれないし、両方正解なのかもしれない。

分かっている――決めているのは、これが、この時間が終わったら僕が成すべきことだけだった。

「はっ、何、を、考えてるの、真赭っ…?」
「うぶっ、ん、く、ふうっ」
「まぁた、余計なこと、考えてんでしょ」

上顎に亀頭を押し付けられると、得も言われぬ寒気が奔る。僕の変化、どう感じて、何が快なのかを、友人は手に取るように知っているらしかった。彼は、小さく笑い声を上げると、革靴の先に力を入れた。途端に、僕は先ほどとは比べものにならないくらいに、打ち震えた。

「――――っ!んぐうっ?!」

ぶぶぶぶぶ、と虫の羽音みたいな音が下肢から聞こえる。…玩具を、押し込まれたのだ。
僕の腸壁は異物を押し返そうと口を窄めるが、白柳は一切の容赦なしに掘削をすすめた。先端の部分が円を描きながら、侵入してくる。玩具の根元にはもうひとつ、張り出した突起がついていて、張り型が入る度に僕の、根元を圧迫した。そんな刺激にも貧相な自身は反応して、あわい草叢から勃ち上がる。白柳は玩具をぐい、と奥深くに突き込むと、僕のそれを弄うように爪先で小突いた。

「っぐ、」
「気持ちいいねえ?」

彼を咥え込みながら、否定に首を振る。視線を上げて仰ぎ見た白柳の表情は、照明の範囲の外にあってとても昏かった。口脣が笑みの形に歪んでいるのは分かったが、どうしてか僕には、友人が泣いているように思えた。確かめたくて目を凝らしても、視界のほとんどを占めるのはフレンチグレーのスラックスだけで、しかも、呼吸を失うくらいに挿出を激しくされて、喉が詰まる。また、涙が零れた。

「…真赭は、泣かないね」
(「…・…?」)

節のある、きれいな指が頬をなぞった。涎やら潤滑液やらで顔は全面ぐちゃぐちゃだと思うのだけど、目眦はそうと分かるくらいに濡れていた。なのに、白柳は真逆のことを言う。

「あいつの…ことでなら。すっげー泣いたのにさ、俺に何されても…ほとんど、泣かないよな」

感情的な涙のことを指しているのなら―――、確かに彼の言うとおりなのかもしれない。
恥ずかしかったり、自分のあさましさに絶望したりすることはあったけれど、白柳を厭だと思ったことはなかったのだ。彼が希んでいるのなら、僕は持っているものを差し出さなければいけなかった。当然の、代償だった。


代償?


(「…そうだ、…代償…」)

揺籃(ようらん)の時間に対する、等価を渡さなくちゃいけなかった。白柳は僕にたくさんのものをくれた。友情、モラトリアム、温かさ、人の目を見て話すこと、秘密を共有すること。他にも色々。
感情以外の何もかも、渡せるものなら、例えば身体だって。
恐ろしいことに、僕は卑怯にも快楽を引き出す術を得、彼は執行者の振りをしてそれを赦してくれた。
いつも。

「俺相手だと、何にも感じない…っ?」
「う…、っぶうっ?!」

後頭部が鷲掴まれて、ぐう、といきり立ったものが打ち込まれる。いっぱいに頬張っていたソレがこれ以上ないくらいに膨らんだ。下穿きに顔が押し付けられ、窒息する、と思ったと同時に、口中へどぷりと唾が吐き出される。

「――――?!」

喉とその先が、石炭を飲み込んだみたいにかっとなった。胃が焼ける。まるで棘が生えた痰だ。緊張が身体を充たし、僕は、無意識に蕾を締めた。また、虫の羽音。
白柳は僕の頭を抱きかかえながらも、玩具が抜け出ないようにバイブの尻を蹴った。どこもかしこもほじくりかえされていく。
もう、「こっち」は駄目だな、と定まらない意識で思った。表面的な汚れは衣服を纏えば覆い隠せるだろう。彼と話すときには不快にさせないように、精々きっちり着込まなければ。

「…―――あー、…苦しかったな。ごめんな?」
「…っは、かっは、…けふ…っ、はあっ、…はあっ、」

俺はキモチヨカッタけど、と頭をぽんぽんと叩かれる。
白柳の膝上に髪を擦りつけながら、必死に呼吸を整えた。半開きになった口から、ばたばたと唾液と、彼の吐精したものが水たまりを作っていく。奇麗に磨かれた革靴に汚濁が落ちた。拭おうと思ったけれど、手は動かない。僕は涙目でそれを見つめる。



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