Veritas Vos Liberabit U



「ん、っぷ…ふっ…、ん、く、む…」

それは弾力のある材質で出来ていた。家の台所にある落とし蓋に似た感触がする、と取り留めのないことを考えた。同じだったらシリコン製だ。人の耳朶みたいな不思議な硬度の、けれど、やはり無機質なもの。

すぼめた口から、棒――(この表現はあまりに偽善的だ、)――男性器、を、模した玩具がぬぷぬぷと出し入れされる。太さはそれほどでもないのだが、流石に何度も繰り返されると顎が疲れる。舌もだ。表皮が擦れて、少し異物が通るだけでじんと痛む。痛みはどこかで別の信号に置き換わるようで、僕は拘束された腰のあたりを無意識にもぞつかせた。…遠回しに与えられる刺激に、もどかしくなっていたのだと気付くのは、しばらく後だ。

ひっきりなしに潤った音がする理由は、一つは僕の唾液の所為で、もう一つは玩具そのものから滲み出る液体の所為だった。さきほど嗅いだ奇妙な甘さの原因は、これだと思う。添加物がたくさん入った安価なジャムみたいな味だ。まずいが、食べられないほどではない、といった具合の。

「むっ、うっ、んうっ、…うぶっ、」
「…うまい?」

上あごの裏や舌の真ん中や歯茎に玩具が押し付けられるたび、突起からぶしゅり、と液体が溢れる仕組みになっているらしく、僕は否応なくそれを身体に取り込むことになった。
率先して飲み下さなくても、口腔に溜まった液体は喉を下り、全身に回っていく。嚥下し損ねた唾液に桃色が混じり、だらしなく口脣の端から垂れた。
物凄く気持ち悪い、と思う一方で、もうどうでもいいか、と麻痺し始めている自分が居る。吐精の跡は乾き始めており、下顎や胸に引き攣れた感触があった。普段ならいてもたってもいられない不快さを感じる筈なのに、頭の芯がどうにもぼんやりとする。下腹部だけが赫々と熱い。

熱病に冒された僕と比べて、白柳は遙かに冷静だった。或いは、冷静さを装っていた。
僕の肩へ手を置き、そこを支えにしながら口の中へ玩具を捻り込んでくる。生理現象で流れる涙が視界はぼやけさせていた。でも、彼の双眸が金属質の冷たさと鋭さを持っていることだけは知れた。

白柳はいつか、そうしていたように僕を観察していた。どう反応し、感じ、何を考えているのか、皮を捲り上げ、肉を裂いてはかろうとしているように思えた。無駄だと判断されたものは強制的に排泄させられる。代わりに、傷口から入ってくるのは彼の感情なのだろう。

白柳によって犯されるというのは、つまりは、そういうことなのだ。

「この薬液ね、取りあえず口腔摂取でも害はないらしいから、安心して。…全く人間ってこういう系統の発明品には無限の向上心があるよなあ。恐れ入るぜ。…買った俺が言うのもなんだけど」
「っぷ、うふうっ、んうふぅっ、うぐぅ、」
「…なあ、なんだか真赭、美味しそうに食うよなあ。オモチャでさあ、そんなに喜ばんでよ」
「んくぅ…っ?!」

白柳の声と共に、ぐい、と喉奥まで玩具が押し込まれ、目が白黒となる。同時に、反射的にえづいた。身体が自衛のためにそうしたのだ。
縛られている部位が縄に締め付けられる。振りの派手な動作をするときつくなるようにしてあるのだ。苦しい、と思ったが、構わず、空気や隙間を少しでも手に入れようと口を大きく開いた。池の鯉みたいにぱくぱく開閉させると、友人は笑ったようだった。
かち、と固い音がして、一瞬後に、芳香剤のような匂いが鼻腔へと押し寄せてきた。でろりとした粘液も。

「――――っふ、んっ、ぷ、っは、…は、はあっ…」
「疑似顔射。…ガンシャって、分かる?」

やっと抜いて貰えた。
安堵するのはまだ早かった。努めて丁寧に問い掛けながら、白柳は革靴を脱いだ。爪先で靴の踵部分を引っかけ、後ろへ軽く放る。
僕は、息も絶え絶えに鼻と口に侵入してきた異物を吐き出そうと必死になっていた。首や肩が動く限界まで身体を前傾させて、深く呼吸をしようとしていた。視界に入ってきたのは、グレーの靴下に包まれた足。え、と思った時には、白柳の足が僕の性器に押し当てられていた。

「ふっ、はあ、はあ、はっ…うぁあああっ?!」
「あ、まだぐちゃぐちゃだ」
「ああっ、いやだ、…あぁあっ!ぁあんっ!んうっ!」

布にくるまれた足の指が貧相な草叢へ分け入り、陰嚢をぐりぐりと圧迫し、茎を擦る。張り出した亀頭の形を確かめるように撫でた後、全体を僕の腹へと押し付ける。相手を斟酌する動作じゃなかった。
傍若無人な遣り方でペニスを踏みつけにされたのに、僕の先端は赤く傷付いたように色づき、そんな現実を認めたくなくて、目を閉じる。見計らったみたいに、とろとろと蛋白液が吐きだされた。
流石にさっきまでの勢いはないけれど、確かに射精した。こんなに立て続けにすることはなくて、元からあってなきがごとしの体力が根刮ぎ奪われていく。

「…っう、…ぁああ、・・っああ…」

言葉を忘れたように喘ぐしかなかった。
あの、頭の中が白く焼き払われる感じや解放感は皆無だった。身体が隅々まで強張った、と思ったら、疼痛を抱えたままで無理に吐射しているような具合だ。
なのに、腹のあたりに溜まった重石は一向に消えない。むしろ、増している。涙腺が壊れてしまった目で己の下腹部を見遣った。――――また、ゆるく勃ち上がっている。

「へえ、これよく効くなあ。薄くなってきたけど、まだイケそうだね」
「うっ、ふう、…」
「イヤ?いやなわけ、ないでしょ。こんなに気持ちよがってるのに、さぁ!」
「うっん、いやっ、やだ、はこやなぎ、やぁあっ!」

首を力なく横に振って見せても、説得力がないのは事実だ。
白柳は足の裏全体を使って、白い吐瀉物と、あのゲル状の粘液とにまみれた僕の性器を弄ぶ。そこは確かに硬度を持っていた。
痛いのは、踏まれているからじゃなくて、激しい性感故なのだ。
そう理解した時には、背中を机に預け、無理に拓かれた股座をさらに広げて蹂躙を受け入れていた。口は閉じる機能を失い、薬液を唾とを一緒に零し続けている。身体の栓という栓が抜けた感じだった。

「ほら、ねえ?きもちいいよね、真赭」
「あう、っうんっ、」
「あー、そんな腰かくかくさせちゃって、駄目だよ?猿になっちゃうよ?」

現況を客観的に判断するちからなど、とうに失われていたけれど。

そのとき、僕は虚ろに目を見開き、自由にならない後ろ手を爪が食い込むくらいに拳にして、背中をぐんと反らしていた。
勃起し、震えるふやけた色のペニスを恥ずかしげもなく白柳に晒して、尚かつそれを愛撫され、嬌声を上げていたのだ。内股に透ける血脈が、興奮にどくどくと血を巡らせる。踵で踏ん張れば腰や尻を少しは動かすことが出来た。机へと体を押し付け、足に力を込め、白柳の動きに合わせて腰を振る。睾丸を足指で軽く揉まれ、その下にある後孔までなぞられるようにすると、骨にびしりと亀裂が入るのではないか、というくらいの快感が体躯を支配した。堪らず、尻餅をつく。

いったわけではないが、病のようにこびり付いた快楽は身中にたゆたっていた。

「ふぁあっ、…んんっ…」
「………」

友人は途端に足をどけてしまい、決定打を失った僕は思わず彼を見上げてしまう。視線が絡まった。白柳は誘われるみたいに、僕の脚の間に立て膝を付いた。

「催淫剤がね、入ってるんだ」
「…っは、は、…さい、いん…ざい、」

頬をするりと撫でられる。懐かしい動作だった。

「…もう、大分わけわかんないよね」
「…わかんな、い?」
「うん…」

喋りがどうにもおぼつかない。思考は身体の数十歩後で、言葉はさらにその数倍後からついてくる。
友人の掌は頬から胸へ、腹へ、と降下していった。なめくじが這った後みたく、ぬるつきが移動していった。

どこもかしこも汚れている。汚穢にまみれている自分の愚かさだけはまだ、自覚があった。なので、ぎゅうと目を瞑る。白柳が僕のその行動をどう捉えたのかは知らない。彼は鳥が啼くときのように小さく喉を震わせてから、言った。


「壊れた方が楽なんだよ」


僕の身体じゅうの汚れを、友人のきれいな指がこそげとっていく。
それを、ゆっくりと薄い口脣が含んでいくのを見た。躊躇いもなく、蜂蜜でもついているかのように丁寧に舐めている。

「…何にも、なーんにも、考えなくていいよ、真赭」

何かを掬い上げるみたいに濡れた指を揃えると、彼は、揺れる僕の牡の下、――――その奥へとゆっくり侵入してきた。
とんでもない異物感に思わず目蓋を開く。親指が縁を確かめるみたいに撫でて、それから、人差し指がぐい、と入り込んでくる。菊座の周りはぶちまけられたローションで濡れそぼっていた。液体の水分で入り口をふやかすようにしながら、小刻みに出し入れが始まる。

「ん、うっ、―――っ、んう、ううっ」
「…きつい…」
「うくっ、うっ、」

感心した風に言われても、当然のことだ。そんなところに何かを入れた憶えなんて無いから。
打って変わって後退出来る限りに身体を退こうとしたが、背中にひんやりとした机の脚が当たるだけだった。身体はいっそう鈍重になっていて、多分、現実にはほとんど動いていなかったのだと思う。それでも、首を己の肩へと押し付けて、視界を塞いだ。衝撃に堪えた。
そこにふわり、と白柳のコロンの匂いが掠めて、催眠から叩き起こされたみたいに、――――本当に短い間だったけど、覚醒した。


涼やかな香りに惹かれて銘柄を問うた僕へ、ナイルの庭、という名前なのだと、教えてくれた。「好きな香りだ」と明かしたら、昔からの友人のように、…共犯者のように軽く抱きしめてくれた手。

あのときは、温かかった。


「力を抜いて、頭からっぽにして…。そうしたら、全部俺の所為になるでしょう」
「…う、」
「真赭…」


柔らかな髪や、額を、僕の首元にすりつけながら、名前を。


「っ、…ちが、う…」
「………、…・・え」
「ぼく、…は、っく、…んっ」

少し顔を傾けると、蛙みたいに折り曲げられた脚が目に入った。左脚、その、赤い縄。
全部、罪悪だと思った。奇妙な能力も、自分の弱さも、欲望も、…欲望という名前の願いも。

でも、本当は自分の為した結果があっただけだったのだ。

おそらく、色々なものを僕は失ったのだろう。随分と目を逸らし続けてきた。自分を責めて赦された気分になっていた。気持ちに嘘をついて、胸襟を開いてくれた白柳に甘えて、逃げた。


僕がしなくちゃいけないことは、そんなことじゃない。
受け入れること。「糸」に従うのじゃなくて、自分がどうするのかを考えること。

僕はもう、久馬の隣には二度と行けないのかもしれない。だけど、ちゃんと、自分自身の言葉で彼と話したい。今ならもっと、正しい形で向き合えるような気がするんだ。

そうしたら――――――、


「っく、うんっ、っ、」
「今…何か、言った?」

鼻先を擦り合わせながら、白柳はキスをした。キスをしてくれた。指を絡ませるみたいに舌がくちゅくちゅと触れる。気持ちがいい。でも哀しい。これが、彼のやさしさだ。
執拗に、思考を封じる動きで口吻が繰り返される。薄く伏せられた双眸を自分のそれで追い掛けた。僕の視線に気付き、はっきり開いていく切れ長の瞳。


「…僕はっ、…何をされても、きみを責めることだけは、しない…っ」


保身の為などではなく。
絶対に。


白柳は、何も言わなかった。片手で僕の髪を掴み、深く、深く口づけをする。後ろに引っ張られると、首が絞まって意識が眩む。視界が、ぼやける。
もう片方の手はぐじゅ、ぐじゅ、と濁った水音と共に、蕾をほぐしていた。括られた両脚は元から閉じる筈もなく、内壁をえぐられる度、痙攣でもおこしたかのように身体が揺れる。指の抽挿は激しくなっていって、唐突に止んだ。

しばらくの空隙のあとで、ひたり、と後孔に何かが宛がわれる。濡れた、冷たい、硬い穂先。


少し前まで自分が咥えていたものだ、と悟ったか悟らぬかの内に、それは一息に、僕の奥へと突き刺さった。




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