Veritas Vos Liberabit T



(月下)


胸部の上下を縄で締め上げられている所為で、まな板のような僕のそれは僅かな膨らみをもっていた。あるかなきかの盛り上がりを見せる肉を、白柳は執拗に揉んだ。乳首を捏ねまわされながら、周りの痩せた肉へも刺激を与えられる。まるで、振り掛けた水を染みこませるみたいに。

「っあ…、う、…んぅ」

爪を立てたり摘み上げられたりするうち、乳頭がじん、と腫れたはじめた気がする。もしかしたら赤く茱萸みたいな色になってしまったかもしれない。

女みたいに気持ちよくなるようにしてやる、と、以前、彼の部屋で、そこを弄くられたときの惨状が脳裏に甦る。フラッシュバックの所為か、脊椎から尾てい骨の辺りまでに先触れのように重い痺れが奔った。
あのときだって、シャツの布地が擦れても痛いくらいだったのに、白柳は僕の体躯から棘でも抜くみたいにして、二つの指の間に乳頭を挟み、引っ張った。

「――っ、ん、んっ…!」
「ここはもう、イイみたいだね、真赭」
「そんなこと…っ、ん、…ぁ!」
「本当女みてえ。…別にマジの女にならなくたっていいけど」

首の根元に彼の頭が埋められているから、あんな恥ずかしい色になってしまったかどうかは分からなかった。懸命に、顎で白柳を押しのけようとしたが、逆に鎖骨のあたりをかぶりと噛まれた。

「痛ッ」
「暴れないでよ面倒臭い」
「厭だ…っ、いや、だ…!」
「…頑固だなあ。ほら、真赭のおっぱい、こんなに突き出してる。ちゃんと気持ちいい、って言ってるのに」

無機質なレンズがひたり、と膚へ触れる。冷たさに思わず視線を落とし、僕はひゅっと、息を呑んだ。白柳が舌を蛇のように現して、案の定紅に色づいた乳首の先端を舐め取ったところだったのだ。

「…ふぁっ?!」

そのまま、ちゅるちゅると音がたつほどに啜られる。
押し付けられた口脣は周囲の胸肉をも巻き込んで、食んだ。まさに女性の乳房にするみたいな動作だった。
そう思った途端、羞恥と――誤魔化しがたい快感が全身を駆け抜け、背筋が強張った。

「っ、んあっ…や、…放して…っ」

聞く耳なんてもってもくれない。隆起した部分を生温く、湿ったものが執拗になぞり、潰す。は、は、と息遣いがまた荒くなっていく。しかも、彼じゃない、…僕のだ。
溢れた唾液が口の端から零れていった。何とか飲み下そうとしても、その前に、白柳が腫れた先っぽに歯を立てるので、新たな涎を垂らすだけだった。
身体に纏わり付くシャツも、べたついていく顔面も、永遠にぐずぐずと濡れて、取り返しが付かなくなっていくようで、怖い。

「…どうしよっか。…妙なことを考えないように、いつもと趣向を変えた方がいいのかな」
「白柳、たの、頼む、から。…この、縄を…」
「またバカなことを」
「ぁあああッ!」

ぎり、と胸板に彼の整った爪が突き刺さる。痛さに悲鳴をあげているのに、蹂躙する手の持ち主はくすくすと嗤う。

「やっぱさ、素質があるよ、真赭は。…ホラ」
「…ッ?!」

下腹を探られる感触。
白柳は片手で僕の性器を掬い、稚いそこを丁寧に撫で上げた。濡れている。しかも、半ば頭をもたげた状態だった。そんなの、おかしい。厭なのに。ちっとも、希んでないのに。

「おっぱい吸われてさあ、感じちゃったんでしょ。こんな。ちんこまで勃せちゃって」
「…、…っ、は…っ、ぁあ…っ」
「なあ、恥ずかしい?」

かつて、友人だったひとは首を傾げた。ひどく滑稽だと言うように、笑みすら浮かべていた。散散弄られてぷくりと立ち上がった乳首と、少しずつ涙を流し始めた貧弱な雄の証を、それぞれ嬲りながら。

「恥ずかしいでしょう。…憎いでしょう、―――自分自身が」
「…っ!」
「真赭はさぁ、そうゆうとき、ひとを責めないんだよね。自分を攻撃するんだよね。それで罪と罰を等価にしようとしている。赦された、気になってる」
「…違…っ!…ちがう…っ、」
「厭なことは全部、罰で。それを甘受することでテメェの失敗をチャラにしたいんだよ、お前は。…今だって俺のこと、ちっとも嫌いじゃないだろ?普通は嫌うよな」
「…っぁ…それ、は…」

欲望を育てる手つきで、彼は僕の陰茎を擦り上げた。規則正しく白柳の手指が動く度に、耳を塞ぎたくなるような音が混ざり始める。
僕は必死に彼の言葉に縋り付こうとした。考えることを止めてしまったら、終わりだと思った。

「他人を懲罰機械にしてさぁ、結局、いつも周りを利用してる。久馬のことも、あの後輩のことだって。避けてみたり、庇ってみたり。嫌われたと決めつけて、納得するフリをしたり」

くちゅ、くちゅ、くちゅ。

「…ふ…っ、あ、…そんな、こと、な…」
「ねえ、
――――俺は、気持ちいいでしょう?真赭のこと、ちゃんと分かってあげてる」

必死にかぶりを振る。違う。…いや、違わない。僕は、僕は、ずっと。

次第に追い立てる水音が激しくなってきた。身体を捩ると首が絞まって、本当に苦しかった。意識がふわっと飛ぶみたいだった。

首だけじゃない、胸も、彼に向かって拓かれた両脚も、身動ぎをするたびにどんどん僕を狭窄する。物理的にも精神的にも、逃げる場所なんて何処にもないのだと思い知らせるような、痛みだった。
「赤い糸」が絡まっている筈の左足首は燃えるように熱かった。熱が遂に僕の思考まで燻ったとき、口をついて出たのは―――拒否の言葉じゃなかった。

「…っ、あ、っいっ…いいっ…」


浅ましい、やっぱりほんとうに、汚れていたのだ、自分は。

「…っ、いぁあ、うぁ、あぁ、く、いくっ…」

ひくつく先端の穴から、じゅっ、じゅっ、と粘液が絞り出される。半透明だったそれは既に白く濁ってきていた。時折、塊が飛んで、僕の腹や内股や、白柳の手を汚す。

あのきれいな、器用に紅茶を淹れていた手を。


虚構でしかなかったけれど、穏やかだった時間を二人して土足で踏みにじっている。
白柳の慰めに合わせて腰を揺らめかせたのは、恐ろしいことに、その、背徳感だった。

「はこ、やなぎ、…ん…、やぁ…っ、で、でる…っ!」
「いいよ。出しなよ…」

下半身に与えられる快楽と、呼吸が禁じられる苦しさがない交ぜになって、生理的な涙が目眦を伝い落ちていった。
ぎゅ、と目蓋に力を込めたら、白柳の吐息が顔の近くにあった。薄く目を開く。彼はゆっくり口を開いて、僕の口脣を食った。

「ふ…っん、…む、んっ…、」

舌が絡まって、絡められて。上顎の裏をなぞり、口腔に堪った唾液を吸い取るようなキスに、教え込まれた体躯の方が素直に反応する。引っ込んだ白柳の舌を追い掛けて、顔を傾けた。切れ長の目が悦を湛えて細まる。よくできました、と声なき声が聞こえた気がして、さらに大きく口を開けた。

「はっ、ぅ、んう…!ん――――ッ!!」」

その瞬間、ペニスを包んでいた掌が素早く、欲を掻い出すように動いた。愕然と――そして解放の予感に目を剥く。友人の、満足げな溜息が殊更に耳を打つ。

すぐにぷぴゅ、ぴゅる、と断続的に精液が吐き出され、顎や胸に飛び散った。白柳は陰嚢をゆっくり揉みほぐしそこから竿に押し上げるみたいに、残滓を抜き取った。
直後だというのに、一切構わない手つきに、僕はびくびくと震えた。胸や、腹に散った白濁が塗り込められる。それすら刺激になった。
戒める為にある筈の縄の痛みも、もはやぼやけていて、微かな掻痒感しか無い。…麻痺し始めている。そんな言葉が思い浮かぶ。
縛り付けられた部分へ重みを預けるように身体を弛緩させていたら、ぐったりとした僕の頬や、鼻先に小さなキスが降ってきた。例えそこに精がこびり付いていたとしても、彼は一向に構った様子がなかった。

「はぁ…んっ、ぁ…っ、は…っ」
「まずは、一回。…次はね、コレを使おっか」
「…こ、…れ…?」
「うん」

首を自分の肩へと凭せ掛け、鸚鵡返しに返事をすると、快活な応があった。立て膝を突き、僕の背後にある机の上を漁っている。ぼんやりと視界に映る範囲を見ていたら、白柳の下半身に自然に目が行った。スラックスの前の袷が窮屈そうに膨らんでいる。

「……っ!」

とてつもなく奇妙な符丁だけれど、それを見た瞬間、この状況をはっきり再確認した。ふっと頭がクリアになる。冷や水を浴びせられたみたいだった。


「…あ、…っあ、ぁあ、ああぁ…!」


彼に慰められて、射精した―――今までもしたことのある行為だ。でも、決定的に何かが違う。今日は、そこで終わりじゃない。

僕がどんなに愚かでも、分かる。越えてしまったら、

ほんとうに、もどるばしょなんてなくなる。



抑揚のない、自分のものとも思えない声が、漏れる。ああああ、と呻く僕と同じ目線の高さに、友人の秀麗な顔が並んだ。にっこりと笑う。

「…はは、そう。それだよ。暫くはそうやって行ったり来たりしてて」

――――行ったり来たり?

「そお」

彼は手にした何か――化粧水を収めるボトルに酷似した、筒状の器の蓋を開けた。試験管を攪拌するように僕の鼻先で振る。ゲル状の中身がゆっくりと波打った。明るいピンク色をしている。

器の口が差し向けられ、とろとろと液体が落ちてきた。胸の間を伝い、腹に零れ、うなだれた僕自身に垂れていく。特に冷たくもない。液状のものが這う違和感があるだけだ。
一体いつになったらやめるのだろうか、そう思うくらい長く、白柳はボトルを傾けていた。


器はついに空になった。

「今に何にも考えられなくなるからね」

考えなくなったら、駄目なんだ。もう、「彼」のところに戻れなくなってしまう。

「…戻れないよ、もう」
「…んっ、な……そん、な…」
「ま、いっか。あいつのことはともかく、ぐるぐるしてる真赭を見るのが、一番好きだから」
「…え、…っぁ、――――ひぃ、っああっ?!」

白柳の手が再び僕の下腹部に潜っていく。あの、粘液を纏った掌が擦りつけられた途端に、雷に打たれたみたいな快感が僕を襲った。

「ぁあ、え、あ…っ、な、何…っ?」

さっき射精したばかりのペニスが、数回しごかれただけで反り返り始めている。信じがたい思いに、僕は忌避に駆られて首を振った。はっきり意思を示すつもりで振ったのに、視界が変にぐらぐらと揺れる。

襟足あたりの結び目が緩められ、幾ばくか首が自由になったのも気が付かないほど、僕は動揺していた。それもすぐに、無理矢理かき集められた熱に押し流される。

「欲求のラインをちょっとずつ都合のいいものにすり替えて、…失敗して、俺に縋って。また自分を責める。そうやって振り子みたいに行ったり来たりしているお前を見てるとさ、…俺、凄くぞくぞくすんの」
「ふぁっ、いやだっ、ぁあぅ、うぅ、これ、いやぁ、っはぁん、ああぁっ」


「それが、―――俺のホンネ」


全身がびりびりする。頭が真っ白になって、掴まっていた所ごと、掬われていく感じ。
僕は縄の余裕に甘えて上体を前に倒し、犬みたいに舌を出して喘いだ。ぐっ、と息が詰まって、また、放精する。先ほどに比べれば量も勢いも弱いが、…体力を奪うには充分だった。

口元に何かが押し付けられる。硬くて、…人工的な甘さが味蕾を刺した。オペラピンクの、棒状のものだった。舌の平らかなところに馴染ませるようになすりつけられた。突起があるのか、ごつごつとしている。


罰なんて初めからどこにもない、


―――全部、罪だ。


思考が消し飛ぶ寸前に考えたのは、そんなことだった。
舐めろ、と言われて、僕は突き出された棒をゆっくりと咥えこんだ。






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