トリガーU



「いつとは言わねーけど、俺、お前とあいつが…壱成が、一緒に居んの見た。お前、全然楽しそうじゃなかったし、倖せそうじゃなかった。なんか、キツそうだったよ。人の恋愛どうこう言う筋合いないけどさ、…多分、いや…絶対。おかしいわ。お前ら」

(「…当たり前、なんだ、久馬」)

そう、おかしいのは当然なのだ。

だって、僕はずっと、君のことを考えていた。
なくしてしまった繋がりを思い、自身の弱さを、君の姿を追うことで少しでも変えられたらと必死だった。そんなことを考えながら、白柳の求めを拒否しきれない自分が、殺したいほど厭だった。
白柳と素直に対峙出来たのは友情においてで、彼の望みに従えば従うほど、己の心臓にナイフを突き立てることになる。それを罰とするのは、白柳に対してあまりに酷すぎる。
彼は僕を待っていてくれたのだ。まともな思考を保てず朽ちた僕を、そのまま受け入れてくれたのに。
裏切っていた。ずっと。


「で、そのおかしいのを前提に、―――お前に話したいことがあんだ、月下」


こん、とくっつけた耳のすぐ近くで、ドアがノックされた。その音ひとつで、想いを封じている筺の錠前が、砂糖菓子みたいにほろほろと砕けていく。

「こんなあほらしい場所じゃなくて、…もっと、ちゃんとしたとこで。お前の顔を見て話したいことがある。俺としては、割とすぐに、な」

久馬の動きの判断材料は音、しかなかった。泣き腫らしたあまりに感覚が鈍重になった目蓋を降ろすと、閉ざされた視界の中で、彼の動作が鮮やかに浮かんでくる。
軽くバックステップを踏んで、扉から離れる。きっと、手をポケットにでも突っ込んで、強い視線でこちらを見つめている。

「放課後。今日、部活休むつもりだから。5,6限の選択が終わって、ホームルーム済ましたら俺に付き合え。壱成が何か言ったら、俺から説明してもいいし、サイアク一緒に連れて行ってもいいわ。あいつもに関係あるっちゃある話だから。…ってか、


聞いてんのかコラァ!月下ァアア!」


「―――ひぅっ?!」

突如として、ガン、と扉が振動した!
反射的に見上げた蝶番が、瘧に掛かったみたいにがくがく震える。不可抗力で叫んだけれど、幸いにも聞かれずに済んだ模様だ。一瞬、真剣にドアが吹っ飛ぶかと思った。怖かった。多分、回し蹴りかなんかしたんだ。

「俺が話してるときは聞けって言ってんだろうがァ、アア?!ハイとかイイエとか言えねえんだったら、ドア、ノックするとか何とか頭使えっての!これでお前が月下じゃなかったら俺の立場はどうなる、とかちょっとでも配慮したらどうなんだよ!親しき仲にも礼儀ありって諺を知らねえんか、お前は!」
「………」

何だか物凄く矛盾したことを言われているような気がするのだけれど(だってここに居るのが僕じゃなかったとしたら、どうやって彼のことを配慮すればいいんだ?)、頑張って理解をしようとしている間に、少しは冷静さとか思考力みたいなものが戻ってきた。取りあえず僕がしたことは、

―――こん、

「……」
「おー、分かってんじゃねーか。そうだよ。人間、大事なのは協調性と社会性だよ」と久馬。…声に笑いが滲んでいる。「…おし、じゃあ決まりな。放課後。逃げたらきなこ鼻から吸わすぞ。いーな」
(「…わけわかんないよ、きゅうま…」)

かつり、かつり、と足音が遠ざかっていく。まだ余韻で震えているんじゃないかと思ったドアは、やっぱり無機質に静止していて、立つのも怪しいおぼつかなさでいるのは、やはり僕の方だった。ここを開けて、彼の姿を見たい。例え、背中だけでもいい。でももし目が合ってしまったら、訳の分からないことを叫びながら大泣きしてしまいそうだ。

(「く、るし…」)

呼吸音が耳に煩いほどだ。わざわざナイフなんて使わなくても、この調子でいくと心臓は勝手に自壊してしまう。

「あーそうだ、月下!」
「…!」
「お前、落ち着いたんなら、取りあえず何か喰っとけよ」


これ命令な、と。
彼が言い終わるとほぼ同時に外扉が閉まり、完全に静けさが戻ってきた。


「………」


…どうし、よう。


(「まずは、ここ、出ないと」)


腕時計を見れば、昼休みが終わる十分前だ。
特進科は休み時間の始まりにも終わりにも、チャイムが鳴らないので、ややもすると遅刻しかねない。そこを自分で律せよ、という狙いもあるらしいのだけれど、今の僕には難しい課題だった。とは言え、トイレに延々と閉じ籠もっているわけにもいかない。

教室に戻って久馬にどんな顔をすればいいのかは不明だし、この後の書道の時間が惨憺たるものになるのは想像に容易かったが、大事の前の小事だと諦めよう。不幸中の倖いは、久馬が音楽だってことだ。少なくとも二時間は猶予がある。

(「…有意義には使えないだろうけど」)

自分のものじゃないみたいに、うまく動かない指を叱咤しながら、何とか扉を開いた。


彼が言った通り、そこには誰も居なかった。勿論あの広い背中は、既に去った後だ。
休み時間ともなればトイレを使う生徒だって少なからず居るだろうに、何とも申し訳ないことをしてしまった。
は、と深い溜息を吐いたところで、口元に柔らかなものが押し当てられた。


「……久しぶりのお喋り、…楽しかった?」


遅まきながら、自分の認識が誤りだったことに、気付いた。

強制的で暴力的な睡魔がどん、と頭にのし掛かって、溜まらず後ろに倒れかかる。腰だけを支えに反り返った僕を、誰かが覗き込んでいた。ぼやけて像がきちんと結べない。瞬きをする度に視界が暗くなっていくなんて、変だ。
冷たい、体温。艶めいた、でも、ざらりと膚を削るような声。


「はこ、やな ぎ ?」


…何よりもその、頬を切り裂くような笑み。



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