haute couture



(月下)


「…は…っ?!」

白柳を胸元にしがみつかせたまま、僕は上擦った声で聞き返した。
同じ熱情?白柳がまともじゃない、ってどういう意味だ?慌てて見下ろそうとしても、顎の直下に白柳の旋毛があるような状態だ、…背中と腰にはしっかりと腕が回っている。

「久馬を好きになる連中、って皆マジでアイツのことが好きなんだ。すっげー惚れてんの。それを傍から見てるとさ、段々、俺のことをそういう風に見て欲しくなるんだよね」
「そういう風って…、」
「月下、自分がどんな目でキューマのこと見てるか知ってる?」と彼は呟いた。「まるで、手の届かないお星様でも見てるみたいだよ、お前」
「……」

白柳の指摘を単なる揶揄とは思わなかった。きっと、彼の言うとおりなのだろうという自覚はある。いつか思った、太陽を追い掛ける向日葵の姿は、行為だけなら僕にそっくりだ。


…ずっと、彼を目で追いかけていた。
赤い糸が彼我を繋いでからも―――繋ぐ前ですらも。


地平から離れるにつれて、陽の色は橙から紫紺へ深く、暗くなっていく。かろうじて日の名残を留めているトラックに、短髪を散らしながら一心に走る影がある。時間の進行すら傲岸に無視をして、彼はしなやかに駆ける。ゴールラインを切っても頽れたりはしない。ゆっくりとスピードを緩め、そして、土手の方を見る。
無関心を装って、その実、熱心に眺めている僕は慌てて目を逸らした。久馬がどんな表情をしていたのかなんて、知らない。

昨日のことのように思い出せる光景。


「…その目だよ」


乾いた親指が目眦を擦った。
ようやく顔を上げた友人は、眩しいものを見るみたいに目を細めている。口の端がすうっと裂けた。

「大抵の女はね、俺が声を掛けるところっと転ぶんだ。それまでは久馬久馬煩かった癖にさ、ちょっと優しくすると舞い上がるし、二、三度連れ出してキスすりゃあっさり服脱ぎ出すし。で、取りあえずヤってみるわけ」
「……うん、…」
「でもつまんねえな、って一回思ったもんが面白くなることって、ほとんどねえの。…何だってそうでしょ?久馬に纏わり付いてたヤツらも同じ。白柳君の方が優しい、白柳君の方が恰好良い。舌の根も乾かぬうちに、ってまさにこのことだよ」
「でも、皆、白柳ことが好きになったから、そう言うんじゃないのか」
「俺の事も知らない癖にね。ま、理解し合うほど付き合いたいと思った女は皆無だけど」
「だから、捨てる…?」
「捨てるってのは語弊があるぜ。拾ってねえから。―――つまみ食いしてるだけ」

あまりにも無茶苦茶な言いように、僕は絶句する。
だってそれは、白柳の為に誂えたものじゃないから、彼に合わないのは当たり前なんだ。

例えば容姿だったり、声だったり、所作だったり。彼女たちはそんなに深く理解をして、久馬を好きになったわけじゃなかったかもしれない。僕だって同じだ。見ていた時間こそ長いけれど、きっと白柳の方が彼の親友を分かってあげていると思う。
それでも、女の子たちは久馬が好きだった。ミーハーか、熱狂的かは知らない。だけど、ちゃんと好きだった筈だ。
同じように、彼女たちが君に捧げた思いだって嘘じゃなかったのに。…足に赤い縄がついてなくたって、ひとを好きになることは出来るんだから。

「…まともになるって、どういう意味なんだ」
「俺はね、ちょっと色々趣味が悪いの。自分ではそれほどとは思ってないけど、…周りに言わせれば酷いものらしいよ」

詰問された白柳は気にした様子は無かった。むしろ、楽しそうなくらいだ。ゆっくりと僕ごと、自分の身体を揺らしている。鞦韆にでも乗っているみたいだ。

「久馬は、…忍は、暴力主義だし直情径行だし、頭はいいけど考え無しでね、あいつはあいつで結構面倒なヤツなんだけど、凄くまともなんだ。俺と普通に付き合えてんのは、多分俺らが対極にいるからだと思うんだよね」
「白柳は、…久馬になりたいのか?」
「あー…、それはパス。自己同一化?って言うの?そうゆうのとはちょっと違う」と彼は苦笑した。
「ああいう遣り方は俺の主義じゃないから。ただ、キューマの愛されぶりを見てるとさ、こんだけはまってくれる相手なら、俺にも耐えられるかなぁ、って…ね。でも結局は全滅ってわけ」
「……」

―――…酷い。
僕は下唇を前歯で噛んだ。そんな風にして、今まで久馬とその相手を引き裂いてきたのか。
自分だって足首の縄を証にして、薄暗い優越感を持っていた癖に、その時僕の中にあったのはシンプルな怒りだけだった。

「―――久馬と全く同じものが与えられるわけないんだ。だって君は久馬じゃない」
「……」
「皆、ちゃんと白柳のことが好きだったと思うよ。久馬に対する遣り方と違くても、それは当たり前なんだ」

彼は凝と僕を見た。喰い締めた口脣を長い指が撫でる。構わず力を込めて白柳を睨み付けると、―――造りの整った顔は恍惚とした表情を浮かべていた。

「…白柳…?」
「オートクチュール」
「…なに…?」
「だから、縫製を解いて俺に合わせて作り直したくなるよ、――お前を」

台詞の意味を聞き返そうとして、背を這う他人の体温に動きを止められた。
ジャケットの下からもう片方の手がごそごそと侵入してくる。白柳のそれは、こんなに長く触れあっているにも関わらず冷たい。反射的に目を瞠った僕は、普通に慌てた。

「白柳――?!」
「月下は…今でもアイツのことが好きだ。…そうだろ?」
「……、」

僕は。
真実を言うべきなのかもしれなかった。白柳がはぐらかすことなく己の心情を明かしているのは、鈍い僕にも分かった。建前と言いながらも、多分に本音の混じった「タテマエ」だった。それでも、彼の煮えた双眸を見ていると、口は糸で縫われたように動かなくなる。
『赤い糸』の作用か、自発的な気持ちかは不明のままだ。だけど、白柳の言うとおり、久馬が好きだという事実は変わらない。

(「…そう、だ。…変わらないんだ…」)

僕はずっと、罰されるのを待っていた。
同時に、傷付くのを恐れている自分自身にも気付いていた。弱さが憎く、ともすれば安楽な方向に逃げようとする己を恨んだ。境界線の上で中途半端に揺れながら、流れに乗ってここまで来てしまった。
初めからただひとつ、――良いにしろ悪いにしろ――不変のことがあるとすれば、彼への気持ちだけなんだ。

どろどろと渦巻いている感情の海の中から、ようやく形のあるものを拾い上げた気分だった。欠片はいつも何かの拍子に光を反射し、自らの存在を示してきたのに、僕は見ないふりをし続けていた。
久馬に対する想いを先行させることは、罪悪だと思ってきた。耐えることは償いで、罰で、彼を守ることになるんだと思っていた。でも、真実、蓋で覆い隠していたのは―――、

「…さかした」
「あ……」

白柳の落ち着いたトーンの声には、どこか咎めるような響きがあった。僕が気の抜けた炭酸みたいな呟きを漏らすと、彼は鼻先で僕の首元を擦った。素肌に素肌が触れて、背筋が勝手にしなる。室内の空調に反して、寒気は段々酷くなっていく。

「月下はちゃんと『見てる』。忍のこと。…その内、俺のこともちゃんと『見る』ようになる」
「今でも、見てる、よ…?」
「…そうだね」

入り込んだ白柳の手が、くい、と内側からジャケットを引っ張る。そのまま体躯の線をなぞりながら肩まで上り、黒い上着を僕から剥ぎ取る。寒くはない。部屋はしっかり空調が効き、外の季節を忘れそうになるくらいだ。冷たいのは、友人の身体だけだ。

「何、を」
「ちょっと、もう、我慢出来ない。…それに喋りすぎた」

自嘲するように彼は言う。そして、シャツ越しに僕の胸板に口づけた。湿り気を帯びて布地に押し当てられたそれは、少しずつ上へ向かっていく。白柳のしようとしていることを悟って、僕は身体を捻った。…ほとんど、動かない。

「…ぅ、」
「ホンネの話はまた今度」
「やく、そくと…違う…!」
「押し倒してないよ。このままするから、付き合ってよ…」

真赭、と。
かろうじて親だけが口にする、僕の名前が呼ばれる。
友人の赤い舌先が、まるで蛇のそれのように姿を現した。頂を小突かれ、執拗に舐められて乳暈が段々とシャツに透けてくる。白い布地が膚に吸い付くまで、白柳はそこをずっと弄くった。時折、不意打ちで噛みつかれて、僕は溜まらず彼の肩に頭を擦りつけた。

「…っく、ぅ…、んっ!」
「乳首だけで感じちゃったんだ。…可哀想だね」

首を振る度、髪がばらばらと散る。白柳の右肩を頭で押し、突き放そうとしても、彼は空いた手で僕をしっかりと押さえつける。もう一方の手は下半身へ降りていく。かちゃかちゃ、と鳴る金属音が何なのか、僕は知っている。

これが初めてじゃないからだ。

自らのスラックスの前立てを拓いて、友人は、その秀麗な容貌に似合わない怒張を引き出した。下着から首を擡げたペニスは濡れて、小さな口から先走りを零している。抵抗とするにはあまりにささやかな攻防の後で、僕の骨ばった手は白柳のそれに添えられた。触れた瞬間、陰茎は身震いした後、少し膨れたようだった。

「…っは、…は、」
「ふ…はは、…触られてないのに、他人の握っただけでそんななるって、どうなの?真赭。もしかしなくてもインラン?」
「違…っ、は…、…っう?!」

首の根に鋭い痛みが襲う。彼に上体を凭せ掛け、無防備になった僕の首筋に白柳が噛みついたからだ。そうやって身動きを封じられた僕も、下肢を暴かれ、硬くなり始めている性器を突き出していた。二度、三度、軽く扱かれただけで、身体は熱を孕み、自然に背を丸める。にちゃ、くちゃ、といやらしい水音が耳孔を浸す。

「ん…、あ…っ」

白柳の動作に合わせて、くちゅくちゅと音は激しくなっていく。
痛い。熱い。

「は…、ほら…、一人で気持ちよくなっちゃ駄目でしょ…」
「うあ…!」

芯を持った白柳のペニスが僕のそれにひたりと押し当てられた。半端な位置に彷徨っていた僕の手も掴まれ、重なり合った二人分の陰茎を握らされた。幼い子どもに鉛筆の持ち方を教え込むようにして、彼は、僕の手ごと擦る動きを繰り返していく。あっという間に射精の欲求が高まり、僕は喘いだ。
顔を押し付けた白柳のシャツは、見た目通り上質のものだった。それが、涎でどんどんと汚れて――――穢くなっていく。

「あ…っ、ん、はぁ…、あ、う…っ」

僕は穢い。穢い。最低だ。快楽を、感じている。
友人は喉の奥で笑いを殺しながら、頸動脈沿いに少しずつ歯を立てる。まるで、好物を小さく匙で掬って、食べていくみたいに。僕を嘲笑うみたいに。

「正直なところから少しずつ慣れていけばいい。そうしたら最後には全部ヘーキになってるから。…そんなの、すぐだよ」

最早強制じゃなく、自ら手を筒にしてペニスを扱きあげる。裏の筋が擦れ合うのが気持ちよくて腰を進めると、白柳は褒美のように僕の薄い背中を撫でた。彼の手つきが妙に優しくて、混乱する。



久馬。



気易く、僕の首に腕を回してくれたあの体温が、ふいに甦った。今、僕を抱くものとは異なるそれを。
頭頂から爪先までを一息に、針金状の絶望が貫いて、ぼろぼろと涙が零れる。栓を抜いたみたいに、唐突に。
白柳はそんな僕を見て、うっそりと、しかしこの上なく倖せそうに笑う。
そうして僕の親指の爪を、彼自身の亀頭に立てさせた。

「―――――っ、」

ぐに、とえも言われぬ感触の後、熱くどろりとした白濁が手指の隙間から吹き出してくる。粘着質の滴は手の甲を、腹を、そして頬を打った。
双眸から流れた血液と他人の熱が混ざり伝い落ちていくのを、半ば自失しながら受け止めていた。





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