影踏み



(久馬)

月下はオレが嫌いらしい。


サカシタ、というごく普通の響きに、不思議な字面をのっけた男を、実は高校1年のときから知っていた。

友人から聞いた、妙な噂。曰く『サカシタは、その手の話題に超詳しい』。
その手ってなんだよ、と聞いても、奴は答えを誤魔化してへらへらと笑っていた。
大して興味も湧かなかったから特に問い詰めもせずほったらかして1年経過。

進級して2年、クラスの中にそいつを見つけた。別に取り立てて特徴もない、普通の野郎だった。強いて特徴を挙げるならば少し、臆病そうに見えた。いつも人の顔色を窺っているような、一歩皆から退いているような、そんな感じ。

月下の元中は人の輪から逃れようとする奴を追い掛けては、なんだかんだと話しかけていた。構われている当人は力なく首を振り、あるいは微笑み、さらに輪の外へと後退りをする。中々に苛々する眺めだ。


何故ならオレは人に物に区別無く、白黒はっきりしないものが嫌いだから。
月下のそんな態度は、オレの倦厭のカテゴリにど真ん中ストライクな代物だった。
完全な孤立を望んでいるわけでもなく、さりとて誰とつるむわけでもない。
他人が世の中に如何に関わっているのかなんて、本当はどうでもいいのに、月下の挙動が視界の端に過ぎるだけで首に縄でもつけられたみたいに、自分の注意はそちらへと逸れていく。
親友に、

「キューマ、お前また月下見てんのかよ、そんなに気になるなら話しかけてやれよ」

と揶揄されるくらいに。


「あいつ大概1人みたいだしさ、お前みたいな奴が構ってやれば、少しはトモダチ増えんじゃねえの」
「そんな面倒くせえことすっかよ」

今日も今日とてからかい半分、本気半分とも取れる言葉を切って捨てて、それでも、目は月下の姿を捜して教室の中をふらりふらりだ。

(「――なんなんだ、まったく」)

さらにとんでもないことには、30人少しの教室の中で、月下は徹底的にオレを避けている。オレが彼の一挙一動に苛立ち、内心、舌打ちするのを感づいているかのように、奴はこちらへ近寄らない。口もきかない。挨拶をすれば返すし、必要に迫られれば喋りもする。でも、それ以上が、ない。
少し前に雑誌の回し読みをした時なんざ、月下だけが断ってきた、らしい。その少年誌はクラスの誰かが買ってくると、その後大概の奴らがリレーで読むのが習慣化しつつあった。
好みだってあるし、別に、いいけど。ただむかついたのが、

『あ?この出元?今週はキューマだよ、久馬が買ってきたんだ』
『…そうなんだ』

ぱっと飛び込んできた会話。何気なしに振り返ると、差し出した手を引っ込めている月下が居た。

『僕はいいから。次の人に回してやれよ』

月下は、最後までそれを読むことはなかった。よれよれの雑誌が俺の手元に戻ってきた翌週も、あいつは受け取らず、回し読みの参加からやめたのだ。
オレが買ってきたのが気にくわなかったのか?変な菌でもついてんのかよ。

自分で言うのもアレだけど、月下を除く他の男連中とは誰彼問わず、昼飯につるんだり遊びに行ったりするくらい、オレはクラスにおいてうまくやれている。
昔から友人は多い方だったし、特に気を遣わなくても昔からこれが常態だった。ただ、高2に上がって、月下だけが違った。奴だけがイレギュラーだった。

彼はオレを避け、逃げ続ける。オレは苛々としながら、それを目で追い掛ける。退屈でくだらなくて不毛で、何の益もない追いかけっこだ。



―――多分、オレも月下のことが嫌いなんだと思う。



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