呼び声



(久馬)


ガチムチは退場、月下にちょっかいを出す白柳に打擲をくれ、オレ的には実に満足な終着となった。これも日頃の行いのなせるわざだな。まだハコが何だかぶつくさ言っていたけど、それは華麗にスルーする。ぼんやり廊下に突っ立っている月下へ声を掛けた。

「え…えっ、なに」

こいつもよくよく鈍臭い野郎だな。米と飯盒持たせて無人島に流したら、炊かずに米粒全部埋めちまいそうだぜ。俺はぐしゃぐしゃと前髪をかきやってから、言った。

「班のエントリー。それと日程の説明。すっから教職員室と教室行くぞ」
「あ…」

オレは部活があるからそうそう放課後にゃ時間が作れんのだ。練習が終わるまでこいつが待ってれば別だけど、走ってる時は集中したい。誰かを待たせていると思いながら部活すんのはあまり好きじゃない。少し付き合った文化部の女とうまくいかなかったのはそうした理由もある。

「お前、これから予定あんの。無いなら今日済ませたいんだけど」
「えっ、あ」
「………」

くそぅ、苛々する!月下はシャツの袖口を掴んだり離したりを繰り返しながら、うーだのあーだの唸っている。頬のあたりは紅潮して、視線は俺の顎あたりをさ迷ったままだ。真っ白かったさっきよりも顔色はいいが、これはこれで挙動不審である。
オレは自他共に認める短気傾向の人間だ。必要があると思えばある程度待ちはするが、こういう意味のわからん溜めは物凄く苦手なんだ。

「なんだよ。今更厭とかそうゆうフザケたこと言うんじゃねぇだろうな…」
「厭っ、とか…えっ…あのっ」

一歩、ずい、と歩を進めて詰め寄ると、相手の顔色はあっという間に青ざめる。こいつリトマス試験紙みてぇ。ちょっと面白い。

「―――久馬」
「…あんだよ、」

興に乗ってきたところで、ハコの静止が入ってしまった。殴られても月下の脇をどかなかった奴は、それなりに真面目な表情と声をしていた。

「怖がってるよ」
「…ふん」

分かってるさ。でも別に捕って喰う訳じゃねえし、これからうちの班に来るならこれぐらい慣れてもらわねえと、…無人島に行く以前にショックでぶっ倒れてるクチか。

「スパルタ思想は結構だけれど、俺らが行くのは浅草だからね」とハコは言いながらオレの肩を掴んだ。「で、…その班のことでさ、…月下、ちょっと待っててね。あー、あと、水落さんも」

ハコにくっついて来ていたセーラー服の女子が「うん」と返事をする。なかなか可愛らしい顔立ちだ。ロングヘアで肉付きのいい同学年。手を振って見せたら儀礼的に微笑まれた。キャビンアテンダントがするような、匙加減が決まっているようなやつだ。

「…見目の犬だから愛想振り撒いても意味ねーよ」

…なるほど。
月下の方は――少し迷った様子を見せてから、こくり、と頷いた。

「……」

なんであいつ、ハコの言うことは割と聞く感じなんだ。この男の本性を知ったらとても信じられない反応だぜ。

「むしろ久馬の方が分かりやすく怖いんじゃねぇの」とハコ。
「確かに……って、オレのどこが怖いよ?!優しいだろうがよ!」
「ほらぁ、そういうとこー」

わざとらしく嘆息する友人の先にはびくり、と身体を震わせる月下の姿が。思わず舌打ちが出た。ったく、オレは普通にしてんじゃん。
しょうがないので、ハコの肩へ腕を回してW組の教室の壁に額を寄せた。視線を感じるなあ、と思ったら、あの水落とかいう女がこちらを見つめている。

「あれなに」
「会計補佐兼俺の監視。逃げ出さないように見目が寄越したんだよ」とボソボソ友人が愚痴る。おいたわしいこって。
「あっちはいいからさ…ね、どういう風の吹き回しなワケ?」
「何が」
「月下。…久馬、厭がってたじゃん。俺が入れるって言ったら。心境の変化ってやつ?」

珍しくもねちっこく聞いてくるから、ちょっと驚いた。以前、耐火庫で話した通り、いつものハコなら「ふーん、そうなんだぁ」で終わるレベルのことだ。表情は―――読めない。つまんなそうにも見えるし、平生の通り、意に介していないようにも見える。

「まあ心境の変化っちゃ…変化だな」
「…ふぅん」

何をこいつは意味深に捉えてるんだ?少し胸を反らして上から目線ぽく言い放ってみても、鼻を鳴らしたきり様子を窺うような態度を保留にしている。レンズの奥でひっそり俺を見る糸目を、きちんと見返して後を続けた。

「てめーが言い出した時は、いきなり勝手なことやってくれたから腹が立っただけだ」
「……それで?」
「今回はなんつうか、ガチム…埜村と…そう、月下だ。あいつらの鼻を明かしてやりたかったんだよ!」

そうそう、やっぱり何をおいても理由はそこだな!俺を出し抜こうとした月下をぎゃふんと言わせ、返す刀で妙な脅しを掛けていた埜村も成敗、だ。さっすが、俺。

「はぁ…?!」

しかし我が親友はそう思わなかったらしく、俺の回答に心底呆れた声を出した。こっちが余程呆れるわ。

「んな、わかんねぇならじっくり説明してやるよ。…まず埜村がな…」
「いや、いいよ……いい」

長い指が犬でも払うみたいに俺の鼻先で揺れた。その動作すら面倒臭いといったニュアンスが分かりやすく出ていた。

「…そうそう、そうだよね。久馬は頭いーもんね、無理にでも辻褄合わせることくらい、わけないよね」
「…なんだよ、その言い種は」
「月下の参加を認めたのは、彼に騙されたのがむかついたから。埜村がうざかったから。
月下を埜村から助けたかったとか、ヤツの班に行かせるべきじゃないと思ったから、…そうじゃないってことよね」
「違げーだろ!フツーにっ!」

何故に俺がそんな義侠心に溢れた真似をせねばならんのだ?しかも月下相手だぞ?あの苛々する…いや、確かに埜村ほどはむかつきゃしねえけど。きちんと人の顔見て喋って、後は逃げさえしなきゃいい。

「『月下は俺がキライ』」
「……っ!」
「あの得意技はどうしたんだよ、久馬」
「…俺はな、やっぱりてめぇの方に納得いかねーんだよ、ハコ。やけに突っ掛かるじゃねぇか、アァ?」

恫喝が聞こえて今度は教師がすっ飛んで来た、なんて展開になったら洒落にならん。ハコの上にがっちりと被せていた腕を自分側に寄せた。距離がほとんど無くなった眼鏡野郎にガンをつけると、友人は怯む風もなく見返してくる。

「俺の理由は前も言った」
「それが意味わかんねぇんだっつの」

ハコは僅かな間だけ口をつぐみ―――、

「…月下のことを説明するのは、あいつが可哀想だからもうやめとく。俺自身の理由は…久馬に教える内容じゃねぇ。だから、お前のことを言う」
「知った風な口ってやつだな、まさに」
「知ってるよ、俺は知ってる」とハコは言った。「お前はさ、ずっと月下のことを気にしてる。春先、クラスが一緒になってから『ずっと』だ。まともじゃないくらいにな。囚われてる、って言っても誇張じゃねえ」
「…言いたいことはそれだけか」

何を言い出すかと思えば、こいつ大概思い込み激し過ぎだろ。
確かに俺は気にしたぜ?でもそれはこっちの都合じゃない、月下がイレギュラーだっただけ。

「たかだか校研の班だろ、餓鬼かよ馬鹿らしい」と俺は吐き捨てた。ハコに揶揄された文句の焼き直しだ。「全部てめぇの妄想だ、白柳」
「…それで結構」

奴は笑った。あの気に入らない、目の奥がちっとも笑ってない類いのやつだった。

「さっきので、わかった。…俺は俺で好きにやらせて貰うよ。なにせ久馬は月下に興味ねーんだから。埜村への当て付けで巻き込んだだけなんだから……だろ?」
「言い方は気に入らないけど、ああ、いいさ。…てめぇの好きにしろよ」と俺。

ちらりと月下を見れば、反対側の廊下に背を預け、俯いていた。寝ているようにも見えなくもない。また余計な考え事をしているか、馬力を使い果たしてへこたれてる…そんなとこだろう。

「大体、今までもそうしてきたじゃねぇか」
「……だね」

萎れたその姿に、からだの何処かがぎしり、軋んだような気がしたが、俺はそれを努めて振り払った。彼の所に戻ろうとしたら、横をさっと影が抜ける。
白柳だ。

(「……痛っ」)

声を掛けられた月下が友人を認めて微笑む、喋る。

ぎしり、ぎしり。

これは何でもない、気の所為だ。頭と胸と――どうしてか足首が痛むのも、さっきまで扉の脇で座り込んでいたのが原因だ。
何もおかしなことなんて、ない。



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