赤い糸



(月下)


僕には「赤い糸」が見える。
ひとと、ひとを繋ぐ運命の糸が。



正確に言えば「赤い縄」だ。しかも小指と小指じゃない。足首と足首を結ぶ、指三本分くらいの太さの縄だ。
通学路や、学校の床や、体育の授業真っ最中の校庭に何十本もの赤い筋が這う様はちょっとした見物で、つい、その端と端にいるひとの姿を捜してしまう。

ある程度の距離にならないとはっきり見えないし、全員の足首に付いている訳じゃあない。
通行人から始まって、全校生徒に先生たちまでそんなざまだったら、見た目、唯でさえ歩きにくいのに、脚を降ろす場に困って立ち尽くすだろうと思う。触れないにしろ、流石に踏んで歩く気にはならないから。


昔の僕は、それが何であるかが分からず、次にそれをどうやり過ごすべきかを理解出来ていなかった。
ご想像の通り、幼い僕は『あの子とあの子のあしにくっついているのはなに?』と聞き回った。家族も親戚も、変な子だと思っていたみたいだ。大人たちは新手のなぜなぜ坊やか何かと思ったらしい。
幸いなことに、ある程度の年齢まではそうした突飛な質問も「子供だから」と許されてしまう。
僕はそうした、奇矯な振る舞いのあるお子様として認識されたものの、年と共にきっと何とかなるだろう、と判断されそのままに育った。今でも盆や正月のたび、叔父や叔母にそうした話を聞かされる。彼らにしてみれば笑い話だけれど、こちらにはまったく笑えない話だ。


ある時期、僕はふと気が付いた。

どうやらあのなわとびみたいなやつを見られるのはぼくだけだ。
他のひとはぜんぜんわかってない。

手にも掴めず、周りの皆は見えてすらいないらしい、と知ってからは口に出すことをやめた。そのくらいの賢明さはあったわけだ。

だけど、『どうやら縄で繋がれたAとBは結ばれる運命にあるようだ』と気付いてからは、人と異なるちからを持っている優越感に負けて、根拠のない予言を始めた。

『今に見てなよ、あいつら絶対付き合うから』


それは、僕にしてみれば強固な確信を持っての発言だったけれど、以外の大多数にとってはほんとうに、「根拠のない」「予言」だった。


僕が指を差した二人はほぼ百パーセントの確率で、告白したり、恋人になったりして――実に中学生らしいおままごと的なおつきあいだった――、そのたびに、友人たちは呆然と事の成り行きを見つめていた。賭けをしていた連中もいた。
すべてのレースにおいて僕は勝利し、その結果「情報屋」なんて馬鹿馬鹿しい渾名を拝命することになった。中学生の自分は否定もせずに笑って受け流した。
ただ、見えていただけのことだ。


…正直に告白しよう。
ひとにない力に僕は増上漫になっていた。周りを馬鹿にして、自分がさも選ばれた人間のように勘違いしていたんだ。




状況が変わってきたのは高校生に入ってからだ。成長らしきものが、幾ばくかの冷静さを僕にもたらした。正しく対象をみること、それから残酷な現実をも。


――結ばれるということと、幸せになることとは違うと思わないか?


かつて幼い僕は、赤い糸の寓話が示すように、結ばれた二人はずっと一緒に居るのだと信じていた。仲良く、永遠に幸せに過ごすのだと思っていた。
だって、赤い糸ってそういうものじゃないか。たった一人のひととその相手とを繋ぐ運命の糸じゃないか、って。

でも、実際は違ったんだ。

とびきりの美人で、密かに何股も掛けている女の子と、そんな彼女をずっと見つめているクラスメイトに出くわしたことがあった。彼女と彼の足首は確かに繋がれているのに、女の子の想いは彼一人に注がれはしない。そんな関係。
喧嘩をしていがみ合って、口も聞かなくなってしまった恋人たちを見たこともある。複雑に絡まり合った縄は彼らの脚を雁字搦めにして、もう何処へも行けなくしていた。


僕はほんとうに馬鹿だった。ただ、見えていただけだった。そして決定的に想像力を欠いていた。

――――僕自身にも赤い縄が生まれる現実を、思いつきもしなかったのだ。



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