予定不調和



(久馬)


(「…言ったな」)

意を決した感がありありとわかる月下の声にオレはほくそ笑んだ。想定通りの展開だ。奴が昨日俺らに言ったことはハッタリだったのだ。埜村には今初めて頼んだのであり、あいつはどこにも所属してない。
嘘こきやがって、この聡明なオレ様を出し抜けると思うなよ。さて、どうやってとっちめてやろうか―――、突っ立ったままの二人を睨み付けながら、如何にして月下を問い詰めるか思案を始めた矢先、もうひとつの、そして予想外の声がオレの思考を遮った。

「…いいぜ」

(「…ハァ?!」)

愕然と奥にいる野郎へピントを合わせる。鷹揚に埜村が頷いたところだった。

「あとの三人に聞かないとマズいけど、香宮も阿代も、迫も、…知ってるだろ?」
「あ…ああ、みんな中等部で一緒だった」
「大丈夫だと思う。おれからも言っとくし」
「…ありがと」

安心したように月下の肩がかくりと落ちた。オレは顎が落ちそうだ。

(「オイオイ埜村君よ、そりゃ違げーだろーよ」)

幾ら元中でも最近付き合いなかったんなら、もう少し頭使えよこのトコロテン。香宮はともかく阿代と迫は普通に体育会系だろ。陰気の代名詞みてえな月下ととてもウマが合うとは思えない。そこちょっとは考慮しろよ!

教室のドア枠に爪をギリギリたてながらの鋭い突っ込みも、口に出さなきゃ意味がない。よって、月下と埜村の会話はオレの内心を余所に進んでいってしまう。

「…よかった」と月下は、掠れた声で言った。「断られるかと思ってた」
「んな、考え過ぎだろ月下。元中じゃん」
(「…てめぇは考えなさすぎだ埜村」)
「突然だったし…大体、僕最近中等部のみんなと付き合ってなかったから」
「そうだよ。俺ら心配してたんだぜ」
「…ごめん…」
(「月下は謝り過ぎ…つうかガチムチめ、空々しくてキモいなフツーに」)

埜村は気にするな、と言いたげに分厚い手をほっそりした肩へ置いた。月下は一瞬びくり、と体躯を揺らめかせた後でまた微かに首肯した。

酷い茶番劇を見せられているような気分だ。襟元に指を突っ込み、ネクタイをさらに緩めながら歯噛みをする。

予定では、埜村が断る筈だった。だって幾ら中学が同じだったからって、口も碌に聞かない、居るんだか居ないんだかわかんねえ、教師に殊更気を配られているような野郎を仲良し集団にホイホイ入れるか普通。それが正義感ってやつならご苦労様だぜ。

でも―――酷く違和感があるのだ。
この埜村というやつ、ガタイはいいし、ぱっと見は男っぽい。むさいの直前まで足を踏み込んでるような野郎だ。
だが、少し付き合ってみて、「ハコとか他の、特に仲のいい奴等程にはつるめねえな」ってのがオレの感想だった。
ハリボテみたいな外見に何か隠してやがる。それは臆病さとか卑屈さみたいなものだ。例えば月下なら、分かりやすく表に出して恥じているようなものを、内に押し込んで装っている。ふとした折、それらが覗く様は酷く醜悪だった。

ハコみてーに振り切れてる方が全然マシだ。オレだったらケリがつくまで、自分自身とやりあう。埜村はひたすらに隠しているだけだ、そんなものは端から自分にゃございません、みたいなツラをして。

…うん、こうやって整理すっと埜村の曖昧さはある意味、月下以上にムカつくな。

「月下が何で俺たちから距離を置いたかはわからなかったけど、こうしてまた付き合えて嬉しいよ」

嬉々として喋る埜村の台詞に吐き気がする。マジでんなこと思ってんのか?嘘ならムカつくし、本気ならどうかしてるぜ。
月下もキモいと思ったのかは知らないが、「うん」と返す声音には力が無かった。喜びよりも安堵、しかしそれ以上にどこか絶望しきっているような声だった。

(「……」)

何がそこまであいつを追い詰めているんだろう。磨り減らせ、打ちのめしているんだろう?

(「…で、何でオレはそんなこと疑問に思ってんだかね」)

友達ごっこにあてられ過ぎだ、と溜め息を吐く。しゃがんだまま、壁に頭を預けてずるずると体をもたせかけた。オレが脱力していた一瞬―――奴等から目を離していた瞬間に事は起こった。

「…や、厭、だ!」
「?!」

鋭い、しかし切なさが滲んだ悲鳴に、弾かれたように頭を上げる。

「頼む、月下!」
「やめろ、離してくれ!」

ばっと覗き込んだそこには、両肩を捕まれ体の自由を奪われた月下と、小さな鳥の柔らかい胴を潰すような容易さで、彼の動きを縫い止めている埜村の姿があった。揉み合いとするには語弊がある、一方的な力の行使だ。
月下は太い黒いジャケットの腕へ、必死に指を食い込ませて抗っている。顔は紙のように白く、開いた襟から伸びる首には、痛々しく青い血管が浮き上がっていた。

「金、払ってもいい!頼むよ、お前の力が必要なんだ!」

埜村はそんな月下を、逃さないとばかりに押さえつけた。見た目相応に軽い月下の体は、あっさりと壁際に追い詰められてしまう。上がった呼吸は、あいつの声量を上回るほどに荒れている。


オレは、立ち上がった。


「僕は占いなんかしてないし、もう『情報屋』でもない!」
「どっちでも俺はいいんだ、とにかく、教えてくれ!」と埜村は吠えた。さっきまでの好青年面がまるで、嘘みたいに。「月下なら分かるんだろう?中学んとき、気持ち悪いくらいによく知ってたじゃねーかっ!」

―――気持ち悪い、ね。
それがお前の本音ってわけか。

「そいつが俺のことどう思ってんのか、教えてくれよ。そしたら校研の班に入れてやる、他の奴等にも俺から口利きしてやるから」
「……っ!」
「…なあ、頼むよ」

猫なで声が、蒼白く――涙を垂らす頬に触れるようだ。

「一回だけでいいからさ」

月下はふるふると首を横に振った。ここからは横顔しか窺えないが、オレが知る限り、彼が示した感情のうちでも最高に最悪のものだった。
狂乱と恐懼。

「僕は…もう、…しない…」
「簡単なことじゃないか、ちょっと教えてくれさえすればいい」
「………、」

日焼けした大きな掌の中では細い手首はまるで棒切れだ。遠目じゃ分からなかった状態が見えてくるにつれ、自分の眉間のあたりに一点、熱が生まれる。怒りの根源みたいなそれが、全身に凄い勢いで熱を送り出す。

「そうすれば俺たちの班に入れるんだ、月下。…後うちのクラスで浅草に行くのはあの久馬たちくらいだ」
「…きゅう、ま…」
「そう、久馬だよ。それから白柳。苦手だろ?いつも避けてる。俺んとこなら皆顔見知りだし、普通の連中だ。心配することなんて何もない」
「…きゅうま…?」

案の定大泣きしていたらしい月下は、長い睫毛をたっぷり濡らして目を瞠っていた。ガチムチは彼にのし掛かったまま硬直している。
オレはそんな二人に歯を剥き出して笑顔を作ってやった。手をひらひら振るサービス付きでな。

「おー、オレだよ。」


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