スナイパー!



(久馬)

ちょっと考えれば分かることと言やあ、その通りだ。
特進のクラスは三十人以下で編成されていて、そのうち、神戸や横浜なんつう若人が選択しそうな行き先を敢えて避け、人形焼きと寺と、外国人観光客でびっしりの浅草に行きたい!
…という酔狂な奴等は、

「久馬君と楽しい十人の仲間たちくらいしかいねーな」と親友がぼやき、
「てめぇもだよ、ハコ」とオレが突っ込む。


学年全体でも浅草を選んだ生徒は少ない。
その所為で他の滞在先に比べればガードの緩い教師ばかりだ。横浜なんて鬼の学年主任引率だし、自分らで作成できるコースもそれとなく制限されてるって話だ。
この展開が読めたからこそ、オレは巨大提灯を見に行くと決めたわけさ。…別に浅草、馬鹿にしてるわけじゃねえぞ。ちょっと乗り換えれば都内の好きなとこに行けるってだけ。

「うちのクラスで後一グループもいればいーとこじゃないの」とハコは言う。やつの言葉に俺は重々しく首肯した。
単純計算であと二十人以下だろ。グループ数にして六班くらいか?そんで行き先が浅草?

「…なら、月下が『入れて貰った』とこなんて、すぐ分かんじゃん」



―――で、放課後だ。
午後は移動教室や体育が立て続けで、朝同様始業ギリギリに戻ってきた月下は、慌ただしい授業の間もしきりと何かを思案している様子だった。少し前に気付いた月下の癖―――折り曲げた指の背をかりかりとかじっているときは、多分考え事に耽っているときだ。
あいつはマジ感心するくらいの孤立ぶりだから、誰かと話していると凄くよく目立つ。少なくとも、オレの知っている限り、「校研の班に入れて〜」や「お前どこ行くの〜」みたいな、それっぽい会話があった形跡はない。

「…そこまで言い切っちゃうのも、大分重症だよね…」
「何が!」

監督不在で自主練なのをいいことに、オレは教室の窓辺にふんぞりかえり、ハコとだべるふりをして月下の動きを見張っていた。
出発が近くなればなるほど、部屋の中が浮き足立っている感じがする。修学旅行はヨーロッパだ。たかだか国内でキーキー騒ぐんじゃねえっての。つられてこっちまで落ち着かなくなるわ。

月下のやつが啖呵を切ったのは昨日だから、今日あたり焦って既成事実を作ろうとするだろう。放課後すぐの今はうってつけの時間だ、そこを抑えてやろうという寸法である。我ながら頭の回転の早さに目眩がするぜ。

「…まあ、スイッチ入っちゃった忍ちゃんの行動力には俺もクラクラしてっけど?」

早く会室に行けばいいのに、友人はグダグダと隣を離れない。揺れる白いカーテンを背景に、オレは肩を組むような仕草をして――相手の、伸びた襟足をぎゅっと掴んでやった。あいたた、とハコが呻く。

「なんか文句あっか」
「具体的に誰の班か言わなかったからって、断言して調べ切っちゃうからスゴいよ」
「うっせ。裏取ったら実際そーだったじゃねーか」

校研の係に校正中のパンフレットを見せてもらって、どいつがどこを選んだのかはおおよそ頭に入れた。後は、パズルゲームだ。誰と誰がつるんでんのかさえ分かってれば、月下が頼みに行く相手を割り出せる。
結果、オレらの以外の物好き浅草班たるそいつ、
――埜村と、月下が会話した感触は無しだ。

「俺が言いたいのは、『裏』とか『会話した感触なし』とかゆう発言のおかしさを自覚して欲しいってことで」
「てめぇにオカシイとだけは言われたくねーよ!あっ、席立った!行くぞハコ!」
「えっ俺も?!…ってか、あれ…さかした…?」

聞き取り不明の文句を垂れているハコは、それとなく同級生の影に隠れたオレの動きに、完全に置いていかれていた。馬鹿話に気を取られて折角の張り込みがふいになったら本末転倒だぜ。脱落者は留守番でもしているがいい。

遠慮がちな、からから、という音をたてながら月下が立ち上がる。さ迷うような視線の先には――案の定、埜村が戻ってきたところだった。便所だか掃除当番だか知らねえがへらへら笑って暢気なもんだ。
かしましい教室の中、耳に全神経を集中させる。波一つない湖面のような低すぎず、けれど、沈着した月下の声を、拾う。

「…あの、埜村。…突然ごめん。今少し、その、話せるか…?」


―――…掛かった。



月下が選んだのは、廊下の突き当たり、校庭側に張り出したでかい出窓の手前だった。はめごろしになっている硝子窓を背中に、疑問符を振り撒きまくっている埜村が立っている。
オレはと言えば、二人が背中を向けて歩いている間に素早く移動、放課後なのをいいことに二年W組の教室へ侵入した。月下が教室を出たあたりで奴等がどこに向かっているのか、何故かは知らんがピンと来てしまったのだ。
ここんとこ、オレすげえ冴えてる。怖いくらいだ。宝くじでも買ってみるか。

この張り場所に唯一問題があるとしたら、別のクラス、かつ、学内でもそれなりに知名度のある俺がドアに張り付いているので、通りすぎるW組の連中にじろじろと注目されてしまう点くらいだ。お前らはうちのクラスを見習ってるるぶでも読んでてくれ。

しかし、あいつらのアングル…どうにかならないもんか。

縦にも横にも成長しているガチムチの埜村と月下とじゃ、後者の線の細さも手伝って、超肉食のゴリラと餌が対峙しているみたいだ。月下が手前に立ったから良いようなものの、位置が逆だったら状況全然分からんかったし。

(「…いやいや…餌ってなんだよ…」)

かぶりを振りながらも、クラスメイトの会話に集中する。盗み聞きを続けるにつれ、オレは思い出し始めていた。
埜村もまた、月下とハコ同様、エスカレータ組だってこと、進級仕立ての時、月下に声を掛けていた連中の中に奴の姿があったことを。

「なんか…月下と喋るの久しぶりだな」
「あ…うん。ごめん…」
「い、いや、謝ることじゃねーし!ほら、おれもあんま話しかけたりとかしなかったからさ…」

照れるようにスポーツ刈りを掻くガチムチ。頭一つ分でかいから、見たくもない野郎の照れ顔がかぶり付きのロケーションだ。
…しかも何だこの同窓会みたいなノリは。苛々する。早く本題に入れ!

オレの気も知らず、埜村は「元気だったか」などと頭にトコロテンが詰まってんじゃねえの的発言を繰り出している。同じクラスの奴に元気もクソもあるか。
月下は、(多分あの微かな笑みを浮かべて)頷いたようだった。

「…いや、僕の方こそ、ほんとにごめん。しかも、い、いきなりで悪いんだけど…」

そうして、小さな溜め息と共に続ける。

「…埜村に、頼みがあって」
「…えっ」

(「―――あー、また胸糞悪くなってきた…」)

いちいち何かを期待するような埜村の反応も、異常なくらい加速度的に自制心を失っていく自分にも、物凄く腹が立っていた。冷静に聞いていれば二人の会話はそこまでおかしなもんじゃない。
だけど、その時のオレが見ていたのは――意識が捉えていたのは、灰色の枠の中でシャツと黒いベストのコントラストを描く、痩身だけだった。


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