皆川有輝の場合β




そこに座っていたのは大江だ。そして、高い背を屈めた彼の身体からはすんなりとした脚が二本、伸びている。スキニーのデニムを穿き、小さい指を揃えた人間の脚。そいつの手は大江の手にしっかり繋がれている。しかも、所謂恋人繋ぎだよ。
大江がそんなことやる相手なんて、唯1人に限る。俺は若干、いや大分、呆れながらも友人の名前を呼んだ。

「…大江、」

反応無し。

「おーい。お、お、え、さーん」

―――駄目だ。振り返りもしやがらねえ。それに大江の頭の動き方、さっきから妙だし、斗与の方はぴくりとも動かないのはどうしたことだ?

「オマエ、何やってんの」

声のボリュームを上げたら、ようやく彼はこちらを向いた。たった今気がついた様子で、不思議そうに首を傾げられてしまう。首捻りたいのは俺の方なんですが。

「なに?」と大江は訊いてくる。口脣を湿らすように舌がちろりと出ては消えた。「皆川君」
「…おーよ。電話だよ。早く出ろよ」
「電話」

おっそろしく低い声音で繰り返した後「…誰だよ」と続いた呟きが、何というか、普段の彼からすると酷いギャップだった。
そこまで長い付き合いじゃないし、何が「らしい」「らしくない」というのは不明だけれど。楽しみにしていた夕飯を邪魔されたみたいな、ショートケーキの苺を最後の最後で掻っ攫われたみたいな、そんな顔つきに見える。
大江は物凄く深い溜息をした。それこそ、体の中身が出ちまうんじゃないのか、ってくらい深々と。のっそりと立ち上がり、一度背後を見返ってから、俺の名前を呼んだ。

「なんだ?」

俺は俺で、「ああ、やっぱり斗与だったか」と思いつつ、お姫様抱っこで抱えられた友人を眺めていた。力の無い、細い体躯は引っかかるようにして支えられている。まるで人形みたいだ。
若干着衣に乱れがあるのは俺の錯覚だろうか。フリースの前が全開なのは有り得ることだが、下履き、社会の窓が開いてるぞ。おいおい斗与ちゃんよ、そりゃフリーダム過ぎるだろうよ。まずかろ。
――――待て、斗与のうっかりなのか?本当に?

「あと2,3分したら斗与のこと起こして上げて欲しいんだ。よろしく」

誰かが誰かを見守る視線において、これほどまでに情の詰まったものは久々に見た。親愛、慈愛、憧憬、それから―――色々な事に気が散らされて、俺は差し出された現実に気付くのが遅れてしまったのだ。






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