大江由旗の場合γ



腹を撫でていた手でデニムのボタンを解き、金属の綴じを指で引っかけて下ろした。差し入れると、女の子とは違うだろうけれど、それでも湾曲した体の線にぞくぞくする。
この先、触ったら後で怒られるかな。起きる前にやめたらばれないから、大丈夫かな。迷いながら、欲望の勢いは止まらない。
斗与の形良く生え揃った睫毛や、つん、と上を向いた鼻先、穏やかに寝息を漏らす口脣の近くにキスを落とす。あくまで、『近くに』。この状況の斗与にまともなキスをするのは駄目、と自分ルールで決めている。
耳はやめだ、やっぱり頸だ。頸にしよう。

だらりと垂れていた彼の手を握る。指の一本一本を絡めて、纏めて口元へと運んだ。背の、間接で骨が浮き出ているところを舐め、軽く口に含む。犬歯がぶつかったので、強く押した――――危うくかぶりつきそうになってしまった。この場所は、ここまで。

天を仰ぐ。蛍光灯の輪が眩しい。見下ろせば、僕に弄くられても平然と横たわるいとおしい、やわらかい体躯がある。与えられた時間は残り、5分もない。

手を繋いだまま(彼は逃げられないし、逃げないけれど、)頸から肩へ向かうなだらかなラインへ、顔を埋めた。

「…ふ、……は、っ」

歯を立てる。今度はそのつもりでしっかりと噛み合わせる。付いた歯形をべろりと舐めて、光のもとに曝してみた。きれいに、痕が付いている。もう一度同じ所を噛む。段々と皮膚が寄せられていく。僕の意識が錐のように尖っていくのが分かる。指向性を持ったそれは擦り合う歯と歯の間を探り、薄い皮が隠しているものを夢想する。きみがすきだ。きみがすきだ。きみがすきだ。あたまのなかが、まっしろくなって、ひとつのかんじょうで、うめつくされていく。


「―――――オマエ、何やってんの」


ぼくはゆっくりとかおをあげる。はいごにたつかげをみる。なんという邪魔を、と睨み付けた先には、友人が立っていた。眼鏡を掛けて、茶色っぽい髪で、利発さとだるさがバランスよく混ぜ合わされたようなひとを。半開きの口で間抜けた面相の彼へ、僕は首を傾げた。

「なに?……皆川君」



>>>(続く)




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