大江由旗の場合α



【大江由旗の場合】

「おーわったあ!」

正しく言えば何一つとして終わっていない。出題範囲の教科書を何回も読んで、古文の解釈を必死に頭へたたき込み、漢文も同じく内容を覚えることに終始しただけだ。レ点とか、天地人とか、何をどこに振ればいいのかさっぱりだけど、とにかくお話が分かっていれば何とかなるかも。あとは2時間、早く終われ!とひたすらに願った。

「……時間に正確なことで」

皮肉っぽく言う斗与は、分厚い英文法の参考書から視線だけをこちらに寄越した。人工の光を反射してきらきら光る飴色の目が「こいつは本当にしょうもない」と語っていた。流石にちょっとばつが悪くなって、両肩を狭く寄せた。…うう、だってさ。
小作りな、ふっくらとした唇が溜息を零す。棚の上に乗った時計を見やり、彼もまたかっきり2時間が経過したことを確認する。

「…約束だから。しかたない」

やはり思った通りのことを考えていたみたいだ。申し訳ないな、と済まなくなる反面、最近とみに少なくなっていた彼との時間は、お菓子にも蜜にも例えられて、僕にとっては甘く稀少なものだ。こんな機会を逃す筈はない。

「適度な気分転換が大事だと思うんだよね」
「…みなが言うならともかく、お前が言うと説得力全然ないんだよな…」

よっこらしょ、と年齢に不似合いな声を掛けて立った彼は、角を挟んだ隣に座っていた僕のところまでやってくると、「空けて」と一言命じた。
言われた通り、じりじり後ろに尻をずらして胡座をかいたら、組んだ脚の上へ斗与がぽん、と乗った。

「うわ」
「お前、骨っぽいんだよな…あんなに食ってんのにどこいってんだよ。まあ、背だの筋肉だのにいってんだろうけどさあ」

胡座の上へ長座するような格好で潜り込み、満足げな溜息を漏らしながら寄りかかってきた。ここからだと旋毛から、耳の後ろのカーブから、その先の鎖骨までがきれいに見える。斗与は襟ぐりの詰まった服があまり好きじゃなくて、家の中だと結構ゆるい服装をしている。目に毒だ。
僕は内心で震えながら、次なる彼の言葉を待った。斗与は僕の胸板に栗色の髪をなすりつけながら、こちらを仰ぎ見た。

「俺、寝るから」
「え!…あ、うん」
「その間は好きにしてていいよ。…でも20分経ったら起こせよ」

何でもない事のように言い放ち、くあ、と欠伸をひとつ。それから瞬きをすると、彼の目蓋は重力に従ってあっけなく落ちた。僕が応とも否とも反応できない物凄く短い間のこと。
すぐに、彼の体は呼吸で緩やかに動くだけの塊になって、感じられる体熱ははっきりと高くあがった。重心はすべて僕に預けられている。

斗与は完璧に寝てしまっていた。



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