斎藤斗与の場合β



明るい蛍光灯の下、長身を誇る幼馴染みは大家族用の炬燵すら丁度よく見える。花弁のように広がる派手な炬燵布団へ足を突っ込み、ユキはぺらぺらと参考書を捲っていた。
特に断りもなく俺も彼に倣って座り込んだ。大家は何処かへ出かけているみたいだった。

「まず何からするの?」
「英語。参考書、ひたすらやる。ユキはどうする?」
「…僕は数Aにする。暗記物は一緒にやればいいよね」
「お前国語どうすんの」
「うーん…、覚える……?」

文学史や漢字はともかく、現代文の読解力はどうすんだよ。
受験の時からユキは国語が駄目だ。作者の気持ちになって考えようとすると、悉く間違えるらしい。反骨精神の発揮どころが間違っている気がするのは勘繰り過ぎか。
一方の俺は英語が苦手で、文法なぞこの世から滅びてしまえばいいと思っている。リーディングとライティングの教科書に英文法参考書を積み上げて火を付けたらきっとすっきりするだろう。切羽詰まると危険思想に染まる気持ちがよく分かるぜ。

「まずは2時間」
「えー…」
「わかったよ、じゃあ1時間半」
「がんばったら、何かくれる?」
「………なんだと?」

何故俺がお前にご褒美をくれてやらにゃならんのだ。そう言うとユキはへたへたと机に広がってしまった。でかさアピールはもういいから、ちゃんと座れっての!
ユキはぱさりと広がった金茶の髪の間から、情けない目つきでこちらを見上げてくる。

「だってさ、折角斗与と同じ家に住んで一緒に寝起きしてるのに2時間も勉強しなくちゃいけないなんて勿体ないよ。学校でも勉強してるのにさぁ…」

学校でも隣同士に座ってんだろうが―――つうか、学校は勉強する所だろうが。そりゃあ俺も偉そうなことは言えないけど。
そんなことゆうけど、そも、勉強する為に夜の時間を取ったんじゃないかと呆れかけ、昼間、妙に浮かれた調子で誘いを受けていたユキを思い出す。まさか端っからこのつもりだったんじゃなかろうな…。
溜息を吐き、座椅子の背もたれにうん、と背中を預けながら問うた。

「………じゃあ、俺ががんばったら何してくれんの」
「斗与がして欲しいことなんでも!」
「大人しく勉強」
「………」

短い眉を八の字に下げて、「えええ」と分かり易く凹むユキ。喧しい。勉強始める前からその為体、お前本当にやる気あんのか。…ないんだな。
口をひん曲げながら時計を見た。――――どうせあと4時間もしたら本日は終わる。明日もあるし、まずは2時間やって、ちょっと休憩して、それから1時間少しでも出来れば上々か。

「……すきにしていい」

時計に目を据えたままでぽつりと言うと、隣でひゅっと息を呑む音、それから勢いよく体を起こす気配があった。分厚いフリースの袖をまくり上げ、参考書の開きの部分に拳で癖をつける。やれやれ、と思いつつユキを見遣った。

「2時間、ちゃんとやれよ。なんでもすきにしていいから」
「………ほんとに?」
「同じこと何回も言わないって言ってんの」

わざわざ『ご褒美』とやらの内容を考えるのは面倒臭いし、そんなことに費やす時間は過去分詞とかsvocとかに注ぎ込みたい。大体、俺が出来ることとユキがしたいことなんざ、元々限られているようなものだから。
幼馴染みは力強く頷いた。大きな掌が問題集と教科書ガイドを広げ、幅広のターバンで持って前髪を上げて臨戦態勢に落ち着く。微妙に鬼気迫るものを感じるが、そこは敢えて突っ込まない方策で行くことにした。―――さ、やりますか。




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