林環の場合α




素行不良で生徒を呼び出すなんてこと、この学校においては幸いにして稀である。赴任先が緑陽館と知った時、前の学校の同僚たちには大層羨ましがられたものだ。
県立としては中堅校だが、そこそこの進学率を誇り、部活によっては地区大会の常連となっているところもある。生徒は全体的に落ち着いていて、校風も自由。体育祭や文化祭が大好きな共学校で、中の上以上のランクと来たらなりに競争率もある。

とは言え、どんな学校にしたって問題児的な生徒が皆無、という訳にはいかない。程度の差こそあれ、指導が必要な生徒は居るし、緑陽館も例外ではない。


今、雑賀の目の前に居る少年もそんな一人だ。
担任をしているクラスの生徒、林環。
顔かたちがうり二つの双子が同学年にいるだけでも目立つところ、二人揃って悪戯好きときたものだ。
まさか今時、教室のドアに黒板消しを挟み、教卓までの床をワックスでびたびたにし、チョークを仕舞う抽斗に蛙を仕込む阿呆が居るとは思わなかった。因みにその一連の悪戯を見事踏破してしまったのは担任たる自分である。

雑然とした職員室に、ひょろりとした背を縮めるように立っている環は、何で呼び出されたのか思い当たる節がないらしい。長い手足に浅黒く日焼けした体躯、愛嬌のある目鼻立ちの生徒はしきりに首を傾げている。
雑賀は事務机の上に広げてある成績一覧を横目で見遣った。各教科担当が成績を打ち込んだ結果、クラスの生徒の取得点数が表になって記載されている。

「サイガさーん、俺何かしましたー?」

最近イタズラは控えてたつもりなんだけど、と言う彼へ、雑賀は肩を竦めて見せた。

「そりゃ再試験に補習が控えていたら、流石のお前も自重すっだろ」
「だったら何で、俺、呼び出されるんすか」
「いや、実はな…」

キャメルカラーのセーターに、開襟シャツを着、奇麗に糊の利いたスラックスを穿いた環は億劫そうに首の根元から上を掻き上げた。流線に撫でつけられた髪は艶やかだ。
校則ではアクセサリの類は禁止されているが、よく焼けた膚にちらちら光るのはシルバーのネックレスと思しい代物だ。大事の前の小事と敢えて触れないではいるが、落ち着いたらコラーと突っ込まなければ。

「お前、…リンカンさ、どうしたの化学。中間考査20点だったでしょ」
「………」
「それが今回87だよ?クラス2位、って最高記録なんじゃあないの」

化学の教員から注進を受け、確認した点数には雑賀も大層驚いた。
毎回毎回、平均点を予想したかのようにグラフの近辺を低空飛行している彼が、突然とんでもない成績を叩き出したのだ。残念ながら中間の点数と合計して総合点が出るので、50点×2と同じことだけれども。

「にしたって、素晴らし過ぎる出来だったからね、化学の粕屋先生も仰天しちゃってな。リンカンはどうしたんだってなあ。能ある鷹は爪を隠すって言うが、お前爪隠し過ぎだろ」

あはは、と笑いつつも、実は心中穏やかではない。

(「こいつに限ってカンニング、なんてことは無いだろうよ…」)

無精髭を擦りながら、次に掛けるべき言葉を必死になって探している自分がいる。
生徒を疑うなんて、教師としては最低だ、と思いつつも、化学担当が言った「簡単に取れる点数じゃないんだ」という言にも納得をしている。どちらかと言えば難しい試験を作りがちな教師だと聞いていたから、余計にだ。
カンニングだなんて有難いことにこの学校では聞いたことがないけれども、不幸にも記念すべき第一号が、もしかしたら目の前に立っているのかもしれないのだ。



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