林周の場合α




かりかりと、鉛筆が紙の上をする音と、効き過ぎの感のある暖房の唸り声だけが響いている。
扉を閉められた教室の中、等間隔に離された机に、皆、思い思いの姿勢で貼り付いて、ある者は眉間に皺を寄せ、ある者は淡々と設問を解いていた。


実際は短く、しかしやたらに長く感じる試験週間も今日で終わりだ。
その最終日の天王山が、世界史。緑陽館の2年生にとっては、今年初めて出現した科目である。


「はい、あと十五分」


無情に告げられた残り時間に、林周はセットし損ねた黒髪をさらにぐしゃぐしゃと掻き回した。試験の時はいつもそうだ。一夜漬け、徹夜なんてざらである。


元々ひとつのことをコツコツと続けるのが苦手で、好きなことしかまともに出来ない性格であるからにして、日々予習復習をする、二、三週間前から試験勉強を始めるなんて真似は周の頭に浮かんだ試しはない。
結果、その科目試験が課される前日に慌てて勉強をし、終わればまた翌日の…と、自転車操業を繰り返している。
残念ながらきょうだいの環も以下同文、だ。まったく残念なところばかりがよく似ているものだ。

いつもはスプレーやワックスで猫っ毛をきれいに整え、シャツの上へに羽織る上着もセータ−、ベスト、カーディガンと、色も形もその日の気分に合わせて選ぶところが、ここ暫くはしんなりとした髪、セーターも黒、黒、黒の一色だ。
秋冬の定期試験前、約一週間はこの冴えない髪型に、校則指定の黒いセーターと糊の剥がれたスラックスがお定まりになってしまう。
やる気のない服装になる周を見るに付けて、周囲の友人たちは「試験も目前だな」と実感するらしい。

(「…あーこれ、忘れた…トーメイさんが何か言ってたのだけは覚えてるけど…」)

頬杖にだらしなく頭を預け、首を斜めに傾けて問題用紙を睨み付ける。凝視したところで内容が簡単になる訳でもないが、取りあえず他にすることがない。

今回の試験は下宿の先輩、林双子の愉快な仲間、東明工太郎が、受験勉強の合間を縫って面倒を見てくれた。
結果的に自分は当たりクジであった、と思う。貧乏クジを引いたのは片割れの環。環にスパルタ教育を施したのは誰在ろう、日夏学園の2年生、見目惺だ。
鉄は熱いうちに打てとは言うが、困ったことに周も環も鉄、なんて柄ではない。打ったら凹む上にテンションが下がるだけだと思う。
尤も、端から見ていてテンションを云々するレベルを通り越して叩かれていた気もするので、案外と違う結果になるかもしれない。


一方の東明は相当に苦労をして周に色々と教えてくれていたが、世界史に関しては完全な暗記科目だ。
仕組みを理解し、応用させるのがメインの理数系とは若干勉強の仕方が変わる。
自然、『如何に楽をして暗記をするか』という所に力点が掛かった。
しかし東明という男、(一年と少しの付き合いで分かってはいたが)周とは真逆のタイプであった。
万事こつこつと取り組む、簡単には投げ出さない、苦手なものは事前準備、と自分からしてみたら「何が楽しいの」と聞きたくなるようなスタンスをしている。

教師役それ自体にしても同じだ。なし崩し、および巻き込まれといういつもの調子で引き受けたにも関わらず、結局最後まで付き合ってくれた。
この辺り、端の方でごろごろと寝ていたもう一人の眼鏡野郎とは違う。


『前提として試験の直近からやり始める科目じゃねえってことはよく覚えておけよ』


こんな忠告も今更だが、と言いながら、自分の知る限りの記憶法や語呂合わせを教えてくれた。正直、全てを覚え切れたとは思えないが、何もしないよりかは遙かにマシな結果になりそうだ。

(「あ、これは思い出せそー」)

しっかり覚えていた箇所を埋める作業は終了した。うろ覚えの所も大体終わり、後は記憶があやふやな所をとにかく書き込むことに徹する。
見直しに五分取れ、とか言われていたが、見直して変わるところが果たしてあるかどうか。


Q:ヴェルサイユ宮殿を建造したのは誰か。またその人物の異称として適当なものを以下から答え、数字を○で囲みなさい。
A.【    】

1.失地王 2.敬虔王 3.太陽王 4.脱出王 
5.無策王 6.獅子王 7.海賊王 8.勝利王

「………」

八択。八択だ。三択でもない二択でもない。はち。
語句を直接書かなければならない問題よりはマシだとしても、選択肢が八つもあると周の目は泳いでしまう。せめて半分にまかりませんか、と世界史の担当に値切りたくなってしまった。

(「……あ、れ。あれあれあれ?ありゃ?」)

整った明朝体とにらめっこをしていたら、記憶の砂漠できらりと光る破片を見つけた。



- 18 -


[*前] | [次#]

短編一覧



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -