斎藤斗与の場合α



【斎藤斗与の場合】

降って湧いたよもやまに平行して、高校生の一大イベント、期末考査はひっそりと迫っていた。やれ体育祭だ、文化祭だと秋のイベントをこなしている内、あっと言う間に12月が迫ってきた。
お祭り騒ぎに浮かれていた教室の中は、11月の末頃には重い空気が立ちこめ、翌週にテストを控えた土曜日は、皆、蜘蛛の子を散らすように帰って行った。図書館や自習室に友人と連れだっていく連中も居た。

「あなたのためだから」

と、どこかで聞いたような台詞を吐いたのはユキだ。相手はなんと新蒔である。さもありなん、その肝心の最終週に「三人で一緒に文殊パワーで勉強しようぜ!」と彼が言い出したのだ。苦しいときの何とやら、しかし菩薩はともかく俺やユキに縋って効果があるかどうか。

で、先ほどの「あなたのためだから」発言である。
新蒔は散散にごねていたが、半年も過ぎれば強烈すぎるこいつの為人は、俺もユキも厭と言うほど身に染みて理解が出来ている。無茶と勇気は違う、今年最後の試験をふいにするような冒険心はない。さらば新蒔、恨むなよ。
金髪を振り乱しながら「化けて出てやる!」と宣う新蒔へ「やれるもんならやってみなよ」とすげなく返すと、幼馴染みは俺を見下ろしてにっこりと微笑んだ。切れ長の目が柔和に細まる。
試験前1週間は部活がすべて休みになるので(とは言え、彼のような文化部はぐだぐだと集まることもあるらしい)、ここ最近はずっと一緒に帰っていた。関連性は不明だが、ユキのご機嫌は甚だ麗しい。

「帰ろ!」

これから勉強会って感じじゃあ、ないよなあ。…おいこら、手を繋ぐんじゃない。



土曜の夜と日曜を当てて、家に缶詰になろうと言い出したのは俺の方だった。
部屋には色々と誘惑が多いので、ユキの部屋か1階母屋の居間で勉強をする。下宿生へ開放されている食堂兼用の居間の方が広いし、ばあちゃんのお邪魔にはならないわけだが、やっぱり入居1年目の下級生としては遠慮すべきところだと思うのだ。

「…斗与はうちの子なんだから、好きにしていい、ってばあちゃん言ってるのに」

気にしないでいい、とユキは言うけど、居間のでかいテレビを見たいひとだっているだろ。第一、やっかむようなひとは皆無だと分かっちゃいるが、特別扱いは居心地が悪いのだ。

夕飯を平らげた後、予定通り筆記具や教科書、ノートを持って母屋の居間へと降りた。古い木の床がじんわりと冷たく、自然、早足で階段を降りる。
皆、部屋へ引っ込んでいるようで、食堂は静かなものだった。食器棚やダイニングテーブル、食卓カバーを被った細々とした瓶類は薄闇の中、役目のないただの塊になっている。古い家の特徴なのか、人の気配が無くなるとそうした様が顕著に見えるのだ。家人用の玄関の方から仄かに光が漏れて、俺は引き寄せられる蛾のようにそちらへと向かった。




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