斎藤斗与の場合γ



【再び斎藤斗与の場合】



えー、現在午前二時を回ったところであります。大江のばあちゃんは未だに帰らず。彼女の帰宅により事態の収拾を願っていたわけだが、虚しい期待に終わってしまった。
ユキに聴いたところ、

「今日は高浜に泊まり」

の一言で終了。そういうことは早く言え。居間で勉強しよう、って話になった時は「出かけた」しか言わなかった癖に。この確信犯めが。
のっぽで大食いな幼馴染み殿は徒然草の解読を放棄して、俺の腰に絡まったまま寝っ転がっている。ふたつの腕が俺の腹を巻き、長い脚は俺の尻の線に沿って投げ出されている。でかいコアラみたいだ。
暖かいのは結構だが―――試験勉強、いいのかよ。

「…べんきょうなんて…できる雰囲気じゃあないよねえ…」

ふゎああ、とガスの抜けきった風船みたいな欠伸をしやがって。…まあ、そう言う気持ちも分かるがな。

日付けを変えても目の前の惨状は以前、継続中だった。あ、ひとつだけ変化がある。黒澤は部屋に戻っていった、おそらく寝てしまったのだろう。
東明先輩の怒髪天スイッチが入り、林先輩たちが見目先輩に喧嘩を売ってから、事態はさらに昏迷の一途を辿っている。初めは黙々と勉強を続けていた俺たちも、天(むしろ東明&見目コンビか)をも畏れぬ林先輩たちの自由っぷりに唖然とし、続けて脱力してしまった。何かもう、ここまで来ると天晴れっていうか何というか。

「ヴェルサイユ宮殿を建てたのは誰だ。……大工、って言ったらマジぶっ飛ばす」
「く、トーメイさん卑怯なり!先に答えを言うなんてひっどーい」
「…答えじゃねえ!それ真剣にテストで書いたらペケだからなペケ!」
「じゃあ、ルターの教会批判で槍玉にあがったものの中で、『罪の償いを軽減するための書類』を何というか」
「反省文」
「…それはテストで赤点取ったらお前が書く代物だろうが。…『償宥状』。ペケ2。」

ぺけぺけ繰り返す隣では、見目先輩がリンカン先輩にマンツーマンで特訓中だ。

「いいか、原子番号96がCmでキュリウム。102はNoだ。答えは?」
「え…?ヒ…ヒント…?」
「素晴らしい功績があった人には賞が出る」
「…オ…」
「お?」
「オリンピックリウム…?」
「新しい元素を発見しなくていい。余計なことに頭を使うな。答えはノーベリウム。ノーベル賞だ。次戻って99」

先輩、さっきからにこりともしない。いつもの見目先輩は、俺らに対して基本、(多分)優しく接してくれているのだと思うのだが、口を楕円の形に開いたまま、唸り声を発しているリンカン先輩に対しては容赦のよの字もない。東明さんの方がまだ、はっきりと馬鹿とか阿呆とか言っているから怖くない。見目先輩はバーチャ鞭が見える気すらする。

ユキの眠気が伝染した俺は、欠伸をかみ殺しながら漢字の書き取りをしている。もう暗記系は駄目だ。お話にならない。友人の教科書を横取りして、体で覚えられそうなものから潰していくしかない。
っていうか、明日日曜日なんだし、ここまで切羽詰まった勉強の仕方をしなくてもいい筈なんだけどな…。この雰囲気、妙に焦りを助長するというかなんというか。
背後から、唸り声が聞こえ、人が起きる気配がして振り返った。




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