見目惺の場合β




東明さんは遂に覚悟をしたらしく、林たちを並べて座らせ、自分は角へと落ち着いた。付き合ってやるから、大人しく勉強しろ、ということらしい。このひとの人の良さは筋金入りだ。

「で、…何だ。化学か。去年の記憶だからあまりあてにするなよ」
「はいはーい」
「どこがわかんねえんだよ」
「元素記号!周期表!」
「覚えらんねえし!」

深々と嘆息した後で、先輩は「語呂合わせか何か使えよ」と呆れかえった声を出している。元素記号が分からないのでは、穴埋めどころか式すらままならないだろう。おいおい、大丈夫なのか。
予想していたよりも壊滅的な展開に、思わず、「水兵リーベ、ってあっただろう」と口を挟んでしまった。林のどちらかが、こっくりと大きく頷く。どうやら思い出したらしい。

「すいへーりーべーぼくのふね!」
「内訳。言ってみろ」

容赦なく東明さんが言う。シャーペンの尻をがじがじと噛む様はまるで我が事だ。その多大なる犠牲の御陰もあって、1年生は再びノートに書き込みを始めている。

「水素…?ヘリウム…、リン?」
「べーって何べーって」
「ベンゼン…?」
「??」

相似の顔二つには疑問符がいっぱいの様子だ。量はあれどもこしの無い髪毛を、獣の耳のように引っ張っている。ベンゼンじゃないぞ、林。ベリリウムで、Beだ。

「……ぼくのふねは?」

東明さんは、感極まった、違う、耐えかねたように聴いた。二人は多分(多分、と思いたい)反射的に答えた。



「「マイシップ」」



――――絶対に、 断じて、 それだけは、 間違いなく、

違 う。

東明さんが、ばん、と机の天板を叩いた。…精神的にはちゃぶ台返しレベルなのだと拝察する。

「水素、ヘリウム、リチウム、ベリリウム、ホウ素、炭素窒素酸素フッ素、ネッオーン!!既に3個目から大間違いだ、化学を舐めんな!直訳すんな!英語じゃねえ、化学だ!!!」
「惜ッしい−」
「ぅ惜しくねえ!いいか、語呂合わせだとな…水兵リーベー僕の船、七曲がりシップスクラー、閣下スコッチ暴露マン、徹子にどうも会えんがゲルマン斡旋ブローカー、だ」
「トーメイさん呪文−!」
「すっげ、何か出た!メラゾーマ!」
「何も出てない!俺を褒めるのは大概にしろ!!…いや、褒めるのはいいのか、何だか慣れないから突っ込んじまった…」

やはりというか、若干、彼自身も壊れ気味だ。まあ林相手に最後まで保っていた試しはないからな…。
斎藤だけが少しは気にした風を見せているが、大江も黒澤も自分の範囲に没頭している様子でいる。東明さん、最大の課題は果たせていますよ。
そういえば、皆川の頭が落ちているようだが、寝ているのだろうか。こんな所で寝たら風邪を引いてしまうだろうに。

ほどよい室温にも関わらず、東明さんの顔面は紅潮している。流石にまずいか、と思ったので、助け船を出すことにした。努めて柔らかい声を出すように心掛けて、言う。

「もういっそ、留年した方がいいんじゃないのか、林。二回勉強できていいじゃないか」
「えええええええええええええ!」
「ミ、ミメのはくじょーものー!悪魔鬼畜剣道オタク!」
「剣道オ…ッ」

―――…いい機会だ、俺もこの際だから一言言わせて貰うぞ。






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