見目惺の場合α



世界史の用語集を閉じて、鼻の頭をぎゅうと摘んだ。どうも、横文字は覚えにくい。もし外部受験をすることにしたら、自分は3年でやる日本史の方が向いているかもしれない。
机の脇の目覚まし時計を見れば、時刻は11時を回っていた。消灯時間を過ぎてはいるが、部屋に籠もっている分には問題ない。廊下の灯が消され、風呂に入れなくなるだけだ。

喉の渇きを覚えたので水場に行くことにした。
引き戸を開けて、目を丸くする。夜気の中、冷えた廊下は鈍い焦げ茶色に照り光っていた。こういったことに細かい大家にしては珍しい。いや、誰かが便所に行って点けたままにしている可能性もある。

そういえば、少し前になまはげ宜しく、人の部屋を尋ねてきたあの二人、一体どうしているだろうか。教えてくれとか何とか言っていたが、集中していた頃合いだったので断った。俺の所に来るだなんて、これもまた珍しい。
ついでのつもりで二人の部屋の方へ行くと、引き戸を開け放った状態で放置されていた。

「……?」

部屋の中は暗い。初夏に彼らが徒党を組んで空けた元大穴、現小窓が見える。見つかって騒ぎになるとまずいので、それぞれ閉め切っておいた。居ても居なくても世話の焼けることだ。
他の部屋も妙に静まりかえっている。黙っているだけでも、例え寝ていたとして、人がいる部屋というのは某かの気配があるものだ。それが、無い。さらに階下からさわさわと声がする。先ほど東明さんが帰ってきたようだったが、―――――何となく、下の状況に想像がついた。
一つ溜息を吐いて降りる。誰が何に巻き込まれているかに寄るが、時間を区切って戻ればいいだけだ。

「放してやれ、さもなきゃ殴る!これ以上頭を悪くしたいのかてめえら!」
「や、だ、ねー!俺に勉強教えてとよとよー!」
「せかいし!」
「やってねえ!そりゃ2年の単元だろ!…あ、見目先輩っ?」
「おお。…何だか、……凄いな」

一部の連中には阿鼻叫喚の地獄絵図なのだろう。最早、凄い、としか感想が出ない。
歯を剥く大江、絡まれている斎藤、それを止めようとする東明さん、どうしようか迷っている様子だが、取りあえず勉強を続けている黒澤。どこから引っ張り出してきたのか、黒澤の後ろで毛布にくるまった皆川が寝っ転がり、広辞苑を読みふけっている。眼鏡のレンズを下にずらして、俺を見上げた。

「…あ、本当だ。どーもどーも」

至って軽い。苦笑をすると、皮肉げな笑みで返される。

「カオスですよカオス」
「そうだな…。お前は何をやってるんだ」
「講師役をしていたつもりなんですが、流石に2年生の勉強は…むしろ、それ以前の問題なんですけど」

ちらりと視線が行った先は、当然と言えば当然だが林の座っている方向だった。斎藤と大江は勉強にならないんじゃないのか、これは。

――――とは言え、俺もさっきは断った口だからな。責任の一端は数ミクロン単位でならあるのかもしれない。何せ、出題範囲教えろ、って、お前らと俺とでは学校が違うだろう。
行方を見定めて、場合によっては口を出そうと決め、襖へ背を預けて観察を始めることにする。




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