東明工太郎の場合γ



長方形の炬燵の、広い一辺に斎藤と大江、狭い辺に黒澤、その角を挟んだ隣に皆川が座っている。台所で手を洗い、分厚く着込んだブルゾンやマフラーを脱ぎ、勧めてくれたらしい黒澤の、向かいに脚を突っ込んだ。ああ、生き返る。

「お茶、そこにあるんで適当に飲んで下さい」
「おう、サンキュー」

魔法瓶や湯飲みをがちゃがちゃとやりながら、1年生の勉強風景を横目で見た。
まず、皆川は何もしていない。完璧なまでに遊んでいる(「試験勉強なぞするかよ。予習復習で充分でしょ」と言い放った奴は、大家の少年をして「殺意が芽生えそう」と言われていた)。
それから大江は漢文で、黒澤は生物。斎藤は現社の用語集に赤いフィルムを掛けたり取っ払ったりしている。何だか懐かしくなって、自覚がない内に眺めていたようだった。

「…先輩、塾、遅くまで大変ですね」と斎藤に声を掛けられてはっとする。
「ん、まあ、な。でも8割方は決まったようなもんだから」
「来週面接でしたっけ」と皆川。こいつは興味が無さそうに見えて、結構色々と把握しているのだ。
内部推薦の学科は基準に達しているから、後は面接を残すのみ。ただ、卒業までの成績で取得できる奨学金ランクが変わるから、油断はならないのだ。
大江が書き込むレ点だの、上下点だのに顔を顰めている皆川に、「そうだ」と返事をした。

「どうせ他の奴らも勉強してるし、年内は講習続けるつもりなんだ。俺も受験理科は生物選択だったから、ちょっとは教えられるぞ」

最後の一言は黒澤に向けて、だった。口数が少なく、表情の読めない男だけれど、流石に一緒に暮らしていれば慣れる。都合の悪いところだけ人語を解さない林に比べれば、こいつは立派な人間だ。
何故か視線がびしびしと刺さっているような気がして見回せば、斎藤と大江が食い入るようにこちらを見ている。…大江、そこまで目が開くんだな。知らなかった。
皆川は――俺の見間違いでなければ――好奇心めいたもので目を煌めかせていた。別にお前に教えてやるなんて言ってねえぞ。
黒澤は薄く口脣を開けたまま、何事か思い耽っているようだった。明らかな意思を持って三白眼に見つめられると、まずいことでも言ったのかと不安になる。いや別に、ES細胞とかテロメアがどうのなんて大演説ぶる力はないからな、ただの高校生物だからな!

「…じゃあ、」

年嵩の自分より幾分か低い声が、確かにそう言ったように聞こえた。熱い湯飲みを抱えた俺は奴が何と言ったのか確認するつもりで、緩慢に動く口元を見ていた。読唇術とかは使えないけど、何となくだ、何となく。

――――ところが、だ。

ばたばたばたばたー、とけたたましい足音。充分ぬくまっていた筈なのに、途端に背筋を奔る悪寒。

「トーメイさーん!待ぁあってましたぁああーー!」
「っああああ!居ないと思ったらクロちゃんもとよとよもこんなところに居たああ!ずっるい、俺らも入れて入れろー!」

…―――うっせえんだよ、耳元で叫ぶなって言ってんだろ!廊下は走らずって言葉を知らないのか馬鹿どもが!それに炬燵にむりくり入ろうとすんじゃねえ!!
狭い、苦しい、この、林の二乗馬鹿!



- 13 -


[*前] | [次#]

短編一覧



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -