東明工太郎の場合β



式台に脚を下ろし、冷気ごと俺を迎え入れてくれたのは、なんと斎藤だった。背に電灯を受けて、彼の柔らかそうな髪の色から、丸い肩、ほっそりと降ろされた片足、すべての輪郭線がひかりに縁取られて見える。把手を掴んで、上半身を斜めに倒しているから胴体なんて、がら空きだ。何というか、あれだ。だ、抱き心地が良さそうな見た目だ。

(「…って、待て!」)

相手は斎藤だから、男だから!斎藤にも申し訳ないっつうか、そんな欲情対象にされたらこいつだって迷惑だから!――ん、欲情だって?欲情なんて、するわけないだろう。語弊だ、言葉のあやだ、ただの勢いだ。
…まあまあ落ち着け東明工太郎。きっと受験勉強の天王山で人恋しくなっているのだ。
俺の葛藤も知らず、斎藤はにっこりと笑った。ちっとも派手じゃない、ごく普通の顔立ちなのに、時々やたらと目を惹きつけられる。何故だ、と考えて早半年である。

「…これ」
「あ、はい。回覧板だ。…ユキー!かいらんばーん」
「え、何でここにレ点なの?花落つるや、……多少?」
「大江はもう丸暗記で行った方が早いんじゃねえの。白文でさ」
「その方が面倒だと思うが。仕組みは…理解できないか」

ざわざわと話し声が溢れてくる。体を反らして居間へと叫ぶ斎藤の後ろから、同じ方向を覗き込んだ。

「あ、東明先輩、お疲れでーす」
「おかえりなさい、東明さん。外、寒いでしょう。こっちから入っちゃって下さい」
「…どうも」

そこに居たのは普通科特進科入り乱れての1年坊主の集団だった。机の上には教科書や参考書、辞書が散乱している。若干1名は酢昆布を囓りながら人のノートを覗き込んでいる様子だが。
大江の言葉に甘えて、狭い玄関から家へと上がった。大して変わらないか、と思っていたが、部屋の中はやはり温かい。炬燵、いいなあ。俺も入りたい。隙間あるみたいだし。でも3年1人で突入するのは、この下級生どもは癖がありすぎる。
回覧板を受け取った背の高い男は、突然に小さく悲鳴を上げながらなんと、斎藤の腰をがさがさと触り始めた。

「こっの、馬鹿!やったものはちゃんと片付けろ!」

叫んだ斎藤は多分、大江の頭を殴ろうとして腕を振り上げ―――びくんと肩を震わせた。下半身に友人をぶら下げたまま、怖々、首から肩までのなだらかなラインを擦っている。。毎度毎度思うけれど、異常なまでの仲の良さだよな…。

「う…首、痛てぇ…」
「ご、ごめん…」
「それ合意なのか?なあ、合意なのか?―――あ、備はいい、ショウジョウバエの目玉でも見ててくれ是非」
「合意…何の、話だ」

怪訝そうに言う黒澤を置いて、どうにも冷やかしで参加しているようにしか見えない皆川が、弱々しく首を横へと振っている。大江は未だ離れることなくぎゅう、と細い腰へしがみついていた。「勉強しろ!」と暴れる斎藤。いいなあ…いや、よくないよ。駄目だろう。
素直に資料集を見ていた黒澤が、ふいに立ったままの俺を見上げた。

「……入らないんですか」
「お、…おう」

そういえば、…入って良かったんだな。忘れるところだった。




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