東明工太郎の場合α



【東明工太郎の場合】


自転車を小津さんの部屋の前に停めて、痺れる両手を腰に擦りつけた。
寒い、寒い、寒い!
正直、俺は寒がりだ。とんでもなく寒がりで、男だけれど冷え性だ。冬は空調と炬燵を付けないと気が済まないし、半纏と毛糸の靴下は欠かせない。

この下宿に基本、不満はないが(同居人に関しては大家の努力で何とかできる範囲を超えている)、ひとつだけ我慢出来ないことがある。
風呂場が信じがたいほど、寒いことである。
具体的に言うのなら、風呂場に行くまで学校の廊下並に凍り付いた、通路や階段を使わなければならないこと、だ!
局地的な北海道かオホーツク海が展開されているとしか思えない。寒帯か、ツンドラ気候かと悪態を吐きたくなる程だ。

しかし附属大学は高校と隣接していて、今の調子で推薦を取れたら、来年以降もここに残留する運びとなる。毎年の風呂場の寒さと第1志望校の合格なら、俺は後者を取る。その為に3年間、色々な事に堪え忍んで生きてきたのだから。


自転車のストッパーを上げて、ザックを背負い上げた。自転車のハンドルは手袋越しにも冷たく、掴んだ形で手が硬直しているような気さえする。黒々とした夜空に星が散らばって、これだけは純粋に賞賛を持って見上げることができた。冬の空は高く、空気が冴えてきれいだ。
流れ星があったら何としてでも願い事をしなければ。
推薦取れますように、林が大人しくなりますように(どちらか1人でも良い)、あと、斎藤とどっか飯食いに行きたい。
首筋まで引き上げたマフラーで鼻先や口脣を温めながら玄関へ急ぐ。マフラーにはあ、と息を吹きかけると、跳ね返って顎の辺りがほんわりとぬくまった。

「…あ?」

常夜灯に照らし出された正面玄関を目指しかけ、ふと見遣った小さなドアのノブに、何かが引っかかっているのが見えた。砂利をざくざく踏みしだきながら歩いて行くと、金属の把手にぶら下がっていたのは回覧板だった。どうやら誰も居なかったか、隣人が黙って掛けて行ったかしたようだった。
扉に填め込まれた凹凸のある硝子からは、家人用の玄関すぐの所にある、居間に明かりが付いていることは分かった。おばさんか、大江か、居るのだろう。これを持って正面玄関を回り込んでも良かったが、些か面倒臭い。
紙のファイルを取り上げて、ぴしゃぴしゃと扉を叩いた。

「おばさーん、おばさん、居ますか−」

回覧板ですよ、と続けると、人影で明かりが遮られ、誰かが三和土に降りてくる。
程なく、外開きにドアが開いた。家の中も外と気温はそうは変わらない気がする。家のでかさが半端じゃないから、仕方がないのかもしれない。温かい室温を味わうこともなく、凍える歯を噛みしめながら、逆光の相手を見た。そして、惚けてしまった。

「―――――おかえりなさい」
「た……、ただ、いま……?」

…これは、夢か?



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