(6)




熱を起こすように擦ってやると、同時に、自分の身体の奥にある熾火が火勢を強めていく感じがする。彼女は流れに例えたけれど、己にしてみれば辺りを舐め尽くす火の方が近いように思う。
その燃える掌で、彼の頬を包む。指で首の根を押さえつけながら、自分の顔を近づける。先ほど触れたやわい口脣を、今度は自分のそれで、触れる。
壊れそうな白い肩も、濡れた黒い瞳も、斎藤に接触したところから塗り替えられていくようだった。
彼女曰くの『ただしい』行為を―――組み敷いて指を絡め、粘膜を擦りつけて繋がり合う行為を誰としたいのか、脳が、体躯が声高に叫んでいる。


「―――くろ、さわ?」


視界一杯に無防備な彼を捉えたところで、備は仮定を止めた。
向かい合わせに座った斎藤をゆっくりと解放する。諸手を側頭部へ添えられていた当人は、不可解そうな面持ちでこちらを見つめていた。

今、自分の顔が見てみたいと思う。
“これが恋をした時の顔だ”と、覚えていられるように。


「……面白いかはともかくとして…時間を潰すには悪くなかったろう」
「……っ!」

わなわな、と震えた斎藤は、一気に沸点に達したのか、切れた。錯覚の可能性大だが、乾きたての髪がふわ、と膨らんで、眦が引き上がる。

「くーろーさーわぁああ!」
「静かにしないとまずい」
「っあああ…ああ、うー…、もうストレスフル…」

黒澤の所為じゃないけど、黒澤の所為だ。
分かるような、分からないようなことを言って噛みついてくる彼を、いつもの調子を努めて繕いつつ、いなした。

乾燥機の様子を見に行く、と告げて、またしても恐縮する斎藤を残し、部屋を後にした。廊下の先の林たちは二人とも寝そべり、両腕を天に突き出してゲームに興じている。近い方の先輩がちらり、と目線だけ寄越して、笑いの形に目を細めた。持久戦と言ったところなのだろう。
無感動に一瞥して背を向ける。洗濯場のある左手の階段――、ではなく、右手の水場に入った。
手に持ったペットボトルを、斎藤は不思議に思わなかっただろうか。

「―――――っ…」

冷蔵庫に背中を預けた途端、体の中の空気がぱちん、と弾けて消えたかのように、緊張が切れた。足の筋が萎えて、へたへたと座り込んでしまう。
顔が、熱い。限界まで口唇を真一文字に引き絞り、喉元まで迫り上がった感情を、耐えた。
誤魔化し下手な自分にしては、よくやった方だろう。
見目のように笑って流したり、林たちのように勢いで突破するような真似は出来ない。また、斎藤の幼馴染みのように素直に露わに示してみせることも。
変化の鈍い表情や声に隠すのが精々だ。最後の方はもう、取り繕いようが無くなって、訳の分からないことをしていたが。



斎藤が、好きだ。
男であろうが、他に彼を思う相手がいようが、それが大切な友人だとしても、彼が好きだ。



ボトルに口を付け、水を一息に煽る。温い液体が取り込まれていくにつれて、落ち着きが戻ってくる。
顔を上げるとシンクの金属部分に歪んだ己の顔が映っていた。色も濁り、像もはっきりしないけれど、目の熱っぽさだけが異様なくらいに分かってしまう。
あの女と同じ目だ、と思った。黒く底がなく、煮えた泥土に似ているのに、酷く純粋な。

(「あなたの希みの通り、忘れられそうだ」)
(「人の恋情に重なる、恋かもしれない。言われたように束縛したり、誰かを刎ねたりは、出来ないかもしれないけれど」)


脳裏の面影は僅かに振り返って、後はためらいなくひかりの中へと消えていった。彼女はまだ、兄を追い掛けているのだろうか。

長男を要と言い、次男を備、とした黒澤の家は自分たちの代で終わるのかもしれなかった。国の、家の要たれと育てられた兄は家を飛び出した後、夭折した。
その控えであり、備えである弟は兄同様、家を継ぐ気が失せている。惚れた相手はごく普通の一般家庭で育った人間で、とどめに同性だ。
抱え込んだ両脚に頭を埋め、性的嗜好がバイセクシャルとは、としみじみ思った。
そして、苦笑う。家名を案じるよりも自分の心配か。つくづく親には済まないことだ。



備は目を閉じる。それから、彼の隣を歩くスピードをゆっくりと計算し始める。
雨を遮り、凍気を払い、手の熱を伝えることができる―――変わる表情を逃すことなく見ていられる位置がいい。


――――過たず、分かる。あのひとが、自分の恋なのだ。



>>>The prophecy is accomplished.





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