(2)





冷蔵庫からペットボトルの水を取り出して部屋へと戻った。今度はきっちりと閉めて鍵も下ろす。
斎藤は、と見れば大人しく布団を被っているようだった。カモフラージュのつもりなのか、人が入っているにしては限りなく平べったい。
掛け布団を軽くはたいて彼の名前を呼ぶと、そろそろと端が捲れ上がって不安げな顔が出てきた。

「…行ったか?」
「行った。お前の部屋を覗いていたようだが、じき、諦めると思う」
「そっか…。あー…マジで黒澤、助かった。ヤられるかと思った」
「………や?」
「え、あ、あー、いやいや!物の例えな!物の例え!」

完全に上掛けをはねて、斎藤は身体を起こした。正座を崩したような格好でベッドの上へぺたりと座り、ハーフパンツから伸びた脚あたりを困り顔で見つめている。

「…ごめん、布団少し濡れた」
「いや、構わない…」

自分はこういうことに本当に気が回らない。大江ならば、おそらく真っ先に気付く筈だ。

(「…いたらない。されることばかりで、することに、慣れていないのか」)

薄く溜息を吐きながら、郵便物と水を机の上に置いて収納を開く。ベッドから降りようとしている斎藤を制止し、顔の前にタオルを突き出した。

「使え。そのままでいい。どうせ昼前に干そうと思っていた」
「う、ん。…ごめん」
「…風邪をひく」
「うん」

それでも遠慮がちに端の方に腰を下ろすと頭を拭き始める。彼の頭がタオルの下に隠れたのを見、再度収納を開いた。あまり使っていないシャツを選び、再度斎藤へと突き出した。友人は髪を拭くのに夢中になっていたらしく、ぬっと現れた服、および備の手に吃驚して小さく叫び声を上げた。

「…下着も使っていないのがある。必要なら貸す」
「いや、そこまでしなくてもいいよ黒澤!だだだ、だいじょうぶ、だから」
「だけど、濡れてる」
「うん…」
「風邪をひく」備は繰り返した。少し考えて、付け足す。「…大江も心配する」
「なんでそこでユキの阿呆が出てくんの…」

不審そうに言いながら、それでも某かの効果はあったのか、斎藤は立ち上がった。「それじゃ遠慮なく」と言い、裾に手を掛けると一息に濡れたシャツを脱ぐ。つるりとした、薄い胸と腹が露わになった。不健康ではないが、備に比べれば白い膚だった。

「…黒澤?」
「なんだ。…ああ、悪い」

見入っていたことに気付き、窓の方へ身体を向ける。背中を見せた自分に斎藤は「へあ?」と気の抜けた声を発した。

「や、別に女じゃないからそゆことじゃなくってさ。……ああ…やっぱり…」

消沈したトーンに変わった声に気を惹かれ、振り返った先には備のTシャツを膝の頭まで垂らした斎藤が立っていた。手には湿ってくったりとなったハーフパンツが握られている。心なしか衣服だけでなく、斎藤本人も萎れて見えた。

「どうしたんだ」
「…いや…借りた時に絶対こういう感じになるんじゃないかって思ってたんだけど、いざなってみると割とショックで」
「…何が」
「説明すると余計にしんどいからパス」
「そういうものか」

貸せ、と彼の脱いだシャツとパンツをひったくり、備は用心深く、しかし出来るだけ素早く扉を開けた。慌てた斎藤がぱたぱたと駆け寄ってくる。直下に立たれると、余裕のある襟ぐりの所為でデコルテのラインまでが奇麗に剥き出しだ。

「乾燥機」
「そこまでして貰ったら悪いだろ!」

口脣へ立てた人差し指を当ててみせてやった。即座に意味を悟ったらしい彼が叫んだ口を渋々閉じている。

「…林さんたちに気付かれる」
「…おう…」
「そのまま、ここで」

一方的に言い置いて、そっとドアを閉めた。
母屋の方へ視線を遣ると、正面階段の最上段に腰を掛けている林の双子の後ろ半身が見えた。一人は廊下に寝そべって、もう一人は壁に寄りかかっている。備に気付いた風はなく、手慰みに携帯ゲーム機で遊んでいるようだ。執心だな、と思い、彼らにも背を向ける。
何故か、吐く息はすべて溜息ばかりだ。

『よく見て、よく感じること。分からなかったら、触りなさい。あなたには触れることのできるからだが、まだあるのだから』

「……」

物干し台とこちらとを隔てる硝子戸が光りを孕んできらきらと煌めいていた。その向こう―――学校の手前にある城趾と、川とが一望できる。川面は穏やかに澄んで、ここからでも流れの冷たさや、透き通った水底を思い浮かべることができた。
天気の所為だ、それから、実家から届いた手紙の所為だ、と自分自身に言い訳をし、声を振り払うように頭を振った。

――――あのひとの示唆を思い出すタイミングではない筈だった。





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