斎藤斗与(及び大江由旗)の場合




がんがん、と扉を叩く音。返事を待たず、即座に扉が開かれた。

「!!!」
「とっよとよー!」
「慰めてプリーズ!」
「え、はあ、なんだなんだ!?」

ベッドに寝っ転がっていた斎藤は慌てて起き上がり、二人の仮装を見た瞬間に足側の柵まですっ飛んで逃げた。

「その格好、なんですか、え、吸血鬼?ミ、ミイラ男?ミイラって血出るの?」
「そおそお、その反応を待っていたんだよとよとよー!」
「やっぱとよとよ大好き!俺らのことちゃんと見分けてくれるし、可愛いし」

斎藤が逃げる速度よりも尚早く、周と環は小さく固まる少年の元に駆け寄った。周は買い物籠を惜しげもなく放り出すと、華奢な体を抱きしめた。もがく斎藤を録画する環。レンズ越しに白い四肢がびくびくと暴れている。

「…最近、とよとよから匂いする」
「うひゃ、離して下さいよリンシュー先輩!ってか匂いってなんですか!」
「なんか香水みたいなやつ。高そうな、むかつくニオイ」
「………」
「周、ずるい!俺もとよとよで遊びたい!しかも何かこれ、ムラムラすんだけど」
「ムラムラって…」と斎藤。
「ビデオ撮影、ってちょっとイヤンな響きがありません?」
「ありますねえー、これも日本人が生み出した文化の極みなのだよ」
「マジ勘弁!ってか、う、や、どこ、さわって…!」

眉根を寄せながら首筋をべろり、と舐めた周は「ううう」と唸っている。

「やっぱ味、違う。春先のとよとよはこんな味せんかった。とよとよ、なにがあったの」
「…え、ちょっと……、あ、味とかって、というか、一体何の用ですか二人とも!」

環は放り出された細い足の脇にうずくまって、ハーフパンツからのぞくそれを掌で擦り上げた。こそばゆいのか、斎藤の腹がふるふると震える。

「く、はは、…待って、待ってくださいって言ってんだよ今畜生!」

繰り出された蹴りはビデオカメラに当たったらしく、がちゃん、と固い音が響く。拘束が緩んだ隙を狙って、斎藤は枕元に転がしてあった携帯電話を掴んだ。

「とよとよ、悪あがきはよし子さーん」
「よし子さんて誰!って、ハロウィンですか、それハロウィンですよね」
「オーイエース」
「ザッツラーイ」

嬉しそうに返事をする二人に、斎藤は携帯電話を突きつけた。まるで水戸黄門の印籠か何かのようである。

「ハロウィンなら、…不本意だけど、こうです」

モニターが露わになった携帯の画面には『留守番電話』の文字が光っている。掴みかかる体勢で停止をした双子の耳に、聞き慣れた――いや、いつもよりは大分鬱々としている声が入り込んできた。

『由旗です。斗与、無事だよね。…去年、林さんたちがハロウィンで大騒ぎをしたことを思い出したから、急いで電話しました。僕は今日、部活で遅いのだけれど、もし二人が来たら、これ聞かせて下さい。携帯電話のスピーカー機能、わかるよね?受話器マークがついてるから、再生されたら、そこ、長押ししてね』
「それくらい、言われなくても知ってる」と仏頂面で斎藤が言う。
『林さん、いいですか。もし斗与に変なことしたら、壁の穴のこと、ばあちゃんにばらした上でぼこぼこにしますから。いいですね、ぼーこーぼーこーに、しますからね』

擬音の所を繰り返し強調した後で、録音はぶつり、と切れた。斎藤はポケットからあめ玉を二つ取り出して、ひっくり返った買い物籠を直したあと、それらを放り込んだ。

「ハバネロキャンディ、貰い物だから味は怪しいけど、どうぞ」

手を前方に突き出したまま項垂れている二人に、斎藤はあくまで優しく苦笑する。

「俺としても先輩たちが追い出されるのはイヤなので。…今日のところはこれで、勘弁してください」
「…とよとよ、今度は遊んでよね」
「はいはい」
「もうちょっと触らせてよね」
「それは駄目です」

蜜色の双眸を困ったように溶かしたまま、二人を立たせると扉まで導いていく。「リンシューせんぱい」と呼ばわられて振り向くと、幾度か、音の無いままに口を開閉させた後で、少年は言った。

「さっきの匂いの、はなし、ですけど…」
「ああ、あれ。俺のシックスセンスだから常人にはまずは分かりませんよ」
「俺も嗅ぎたい!嗅がせてとよとよ!」と叫ぶ環に、転がっていたカメラを押し付けた斎藤が笑った。
「…忘れ物。だから、駄目だっての。しつこいと嫌われますよ」
「ガーン!」

それじゃあ、とドアが閉じられる。小柄な姿は板一枚隔てた向こう側へ消えた。
途端にしん、となる廊下。耳を澄ませば黒澤の部屋から妙な物音が聞こえてくるのだが、今の双子にそれを気にする余裕はない。



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