皆川有輝の場合




□皆川有輝の場合□

「しょっぱなクロちゃんは、ちょっと重かったな」
「あんこ生クリームインのどら焼き食った感じだったね」
「マルキンの新商品だろそれ。環、食ったんか」
「食った食った、すげええげつない味がした」

黒澤イコールあんこ生クリーム、と、本人が聞いたら眉を顰めそうな評価をくれつつ、二人が立ったのは黒澤の隣の部屋、だった。皆川有輝、という名の特進科の少年は1学期の途中に飛び入りで下宿生になった。
双子的な分類からすると、見目と東明を足して二で割って、もっと調子よくした感じ、だろうか。時々小難しいことを言ったり、よく分からないことを書いたりしている。以前、般若心経をグラビアポスターの一面に書かれた時はさしものの二人もげっそりした。

「正直、とよとよで口直ししたいんだけど」

口脣を尖らせてごちる周へ、環がサラシに巻かれた腕をまあまあと引っかけた。

「それは最後の方にとっとこ、たまき。次なるはミナですよー」
「お、ミナか。よっしゃ、褌締めていきまっしょい」

おーい、ミナミナ−!と叫びながら、環は扉を連打した。どばん、といい音がして、皆川が顔を出す。黒澤同様、彼も相当に怪訝そうな顔だ。
今度は余計なことはなし、とばかりに周は声を張り上げる。

「トリックオアトリート!」
「え、な、なんですか」

あからさまに動揺している皆川。当然である。そして彼は、この下宿で一番「林慣れ」していない人間だ。

「お菓子くれないと悪戯しまっせカウントダウーン!5、4、3…」
「な、なんだ、ハロウィーンか、万聖節か!え、先輩たちってカソリックだったんですか」
「うちは無宗教でーす、なんでもやっちゃいまーす」
「そうだよな、ハロウィーンは発祥はともかく、今はキリスト教と乖離している部分があるもんな、国によっては禁止に近いところもあるくらいだし」
「解説ありがとうミナ!明日にはきっと忘れるけど!というわけで、にーい、」
「ば、バナナなら、」

条件反射で、皆川はポケットをまさぐった。勿論、バナナは水場の冷蔵庫にあって、尻ポケットには無い。

「バナナはお菓子に入りません、はい、いちー!」
「タイムアーップ、悪戯決行!」
「食らえ、かぼちゃずきん!」
「え、はあ?……う、うわあああああああああああ!!」


絶叫、のち、暗転。


「……せんぱい、これ、なんすか…」
「え、だからかぼちゃずきん」
「我々のマザー特製、かぼちゃずきん」

皆川の頭には、プラスチックかぼちゃの下部に首輪がついたような代物が被せられている。両目は丸く、口はぎざぎざの形に添って穴が空けられており、視界や呼吸は確保されているようだが。
こつこつ、と拳でオレンジ色を小突きながら、皆川は嘆息した。手探りで確認した金具は押し込み式の鍵になっている様子だ。

「とってくださいよ」
「イ、ヤ、だ、もーん」
「だもん、て、あんたなあ…」
「お菓子くれなかった罰だもーん」
「出させる暇も与えなかった癖に、何言ってんすか。ってかあげるから外して下さい、これ」
「やー外してあげたいのは山々なんだけど、ここに鍵ないんだよなあ」
「はああ?」
「それさ、うちのマザーが作ったやつでさ、鍵は明日送られてくんのね。だからソレまでは誠に残念ながらそのまんまなんで、シクヨロ」
「はあああああ?」
「ガンバ!」
「ガンバじゃねえっての!飯とか学校とか、風呂とかどーすんですか!排泄とか!」
「便所関係なくね」
「ここら辺が若干トーメイさんっぽいよな」

冷静に観察をしている双子に対し、皆川は地団駄を踏んだ。かぼちゃに手を掛けて何とか取り払おうとするが、無駄な努力に終わっている。

「…あー、くっそとれやしねえ!眼鏡に当たって苛々するぞこれ!」

どいてください、と叫んだ後輩はずんずんと歩いて隣の―――黒澤の部屋をノックした。
林は顔を見合わせると、そろりそろりと移動を始める。次なる目標は同学年の見目惺だ。

「備、開けろ!」
「……」

ヘッドホンを貫通して聞こえたらしいノック音に、黒澤が扉を開けた。目の前のかぼちゃ頭を凝視している。
とっくりと眺めた後で、彼はヘッドホンを外した。首を傾げるようにして、やや下にある両の眼窩を覗き込んでいる。きらきらと光るのは眼鏡のレンズ、その奥には三角に吊り上がった同級生の目がある。

「お前まで悪ふざけか」
「違げえよ、どこを見たらそういう感想になるんだ!」
「どこから何を見てもそうとしか取れない」
「何でも良いからこれ外すの手伝え!こんな馬鹿げた理由で学校休むなんてありえねえ!」
「…学校の前におばさんに叩き出されるぞ、…不審者で」
「…お前、いまちょっと笑ったろ…」と皆川。体をドアにもたせかけようとして、プラスチックの滑りに邪魔されよろけている。

「あー、俺、ちょっと東明先輩の気持ち分かった気がする」



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