黒澤備の場合



□黒澤備の場合□

「で、誰の部屋から回るよ」と環。既にビデオの録画は始まっている。
「そうさねえ。…とよとよとトーメイさんはメインディッシュかデザートか、でとっておきたいよなあ」
「となると、手近なとこからクロちゃんいくか」
「お、サイボーグ・クロちゃんいきますか」
「思い立ったらラッキーデ−、はい、ノックしまーす」

がんがんがん、と勢いよく周がノックをする。果たして、木の扉の向こうから「はい」とくぐもった返事があった。

「クロちゃーん」
「ク・ロちゃーん、ここ開けてー」
「………」
「用事用事、大事な用事あるから!」
「今日しか出来ないことだから!!」

しばらく部屋が無音になり、ついですらり、と戸がスライドした。ヘッドホンを首回りに引っかけ、手に不思議な形のヴァイオリンを下げた黒澤備が立っている。三白眼は不審そうな眼差しの所為で、いつもよりも鋭く光っていた。
勿論、林はそれに怯むような性格ではなかった。

「あ、クロちゃん、ヴァイオリンの練習中?」
「ええまあ」
「サイレントヴァイオリン!俺初めてみた!触らせて触らせて触らせろ!」
「…いいですけど」と後輩は楽器のケーブルを外し、あっさりと差し出した。
「大事な用事って、それですか」
「あ、違う」
「あかん、目的忘れとった。ってか、クロちゃん、俺らの服装突っ込んでよ」
「どんだけのスルースキルなのお前」
「……」

黙った黒澤に、二人はぐったりと肩を落とした。

「オチの説明が必要なギャグって、ギャグとして最低なんだよね」
「説明が必要なコスプレも右に同じくだよな」
「…吸血鬼とミイラ男」
「分かってるなら言えよクロちゃん!」
「…見て当たり前のことをわざわざ言う必要があるとは思えなかったので」

そうそう、こういうヤツだったよねー、とテレパシーで会話をした後、二人はばっ、黒澤に向き直った。あまりの勢いに流石の彼も少し驚いた様子だ。ぱちぱちと瞬きを繰り返している。

「トリックオアトリート!」
「お菓子よこさんと悪戯すっぞ!」
「…ああ…」

初めの一人目からやけくそな掛け声で、双子はとっても不本意だった。もっと情感を込めて言いたかった。周なんて、ちょっと牙がとれそうになって、慌てて付け直している。
しかし、このままでは趣味でコスプレをした挙げ句、風呂の順番を告げにきたのだ、と勘違いされても仕方がない展開だ。
黒澤は「そうですね」と淡々と言った後、ずい、と手を伸ばした。

「え、なになに」
「ヴァイオリン、ください」
「あーはい、ほれ、じゃなくて。クロちゃん、お菓子ないなら悪戯ですよおお」
「ここで待っていてください」

そう言った後輩は軽く二人を押しのけて、廊下を奥へ進んでいく。あまりにも平然と、すたすたと歩いて行く様に周も環もぽかんと見送ってしまう。

「た、たまき、クロちゃん行っちゃったよ…?」
「お、おおお。え、でも待ってろって言ってたよな」
「あ、戻ってきた」

見目の部屋の奥、水場まで行ったらしい黒澤が戻ってくる。手には「黒澤」と書かれたバナナ。

「なあクロちゃん、まさかとは思うけど…」
「これ。どうぞ。一本しかないけど」
「バ…バナナはおやつには入るけど、お菓子じゃないと思うよ…」
「じゃあ、いらないんですね」
「え、」
「いらないんですね」

平坦な声で不要か、と繰り返す一級下の少年に、じり、と気圧されたように双子は後退った。

「いるかいらないかと言われればいるけどさ。バナナ好きだしさ」
「なら、はい」
「あ、どうも」
「…用事はこれで終わりですか」脇にヴァイオリンを挟んだままで黒澤は言った。「練習があるので、部屋に戻りたいのですが」
「どうぞどうぞ」
「邪魔してスミマセン…」
「……」

最後は黙って一瞥を寄越すと、後輩はさっさと自室へ帰っていった。ぴしゃり、と閉められる扉のこちら側でバナナを握り締めた周と、ビデオカメラを構えた環はぽつねんと立ち尽くしている。

「ねえねえたまき」
「あに、あまね」
「俺ら嫌われてんのかなー、クロちゃんに…」
「あー、俺もちょっとその可能性について思いを馳せちゃったよー…」





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