intro



周や環が物心ついたときには、10月下旬の商店街はオレンジや黄色の南瓜で溢れかえっていた。
八百屋の店先では『おもちゃ南瓜』なる、腹の足しにもならなさそうなミニサイズの南瓜が売られ、ケーキ屋は新たなる特需とばかりに、鮮やか、かつボリューミーなタルトやスポンジケーキを焼いていた。
スーパーの入り口までもが黒と橙の何かに占拠され、お化けに黒猫、蝙蝠、そしてやはり南瓜、とどこもかしこもハロウィン一色になった。

大多数の日本人同様、周と環の親はお祭りが大好きだった。林家は子どもが4人いる。男が3,女が1人。結果、全ての行事――正月や盆は言うに及ばず、七五三、端午の節句、桃の節句、クリスマスなどなど――が決行された。灌仏会にまで連れて行かれたとき、甘茶なるものを啜りつつ幼い二人は揃って首を傾げた。この前家族総出で出かけたのは殉教祭では無かっただろうか?あれって宗教違くない?

正しく言うと、林きょうだいの両親は筋金入りのお祭りマニアだった。そして息子たる彼らもやはり、現在進行形でお祭りが大好きである。


「さてさて、用意は出来ましたかね周君」
「ばっちりですがな環君」

父親からお下がりで貰ったダークスーツを着込み、ロフトで買ったコスプレセットから蝶ネクタイを引っ張り出した周は、にやにや笑いながらふたつの犬歯に牙を付けた。肩に引っかけた大判の黒布は母が実家から送ってくれたものだ。「ハロウィンやんだけど」の一言で宅急便が来るあたり、流石二人の母親だ。

「しかしなーんか足んねえんだよなあ。……あ、そだ、周お前オールバックにしろオールバックに」
「ほいほーい」

姿見の脇の籠から整髪剤を取り出すと、環は片割れに放り投げた。彼自身は白いジャージの下を履き、上半身をサラシでぐるぐる巻きにしている。頭部も何巻きか、こちらは本物の包帯が付いているのだが、一部に赤い塗料が付着していた。

「ミイラ男って楽だけど若干ビミョー。地味だしさー」と環。「それに寒かとばい」
「じゃっどん、じゃんけんは絶対ですわ。林家のハンムラビ法典ですがな」
「わーってるよ、言っただけー。ってか今思ったんだけど二人とも吸血鬼で良かったんじゃね?」
「だって服ねえし。お前が親父から貰ったんは赤いスーツじゃん。赤スーツってそりゃ漫才かいな、何処着てくんだあれ」
「ほんまやねえ」

オールバックになった周は床に転がっている包帯を取り上げると、環の顔に巻き始めた。

「オップス!」
「顔にも巻きゃあいいんだよ。寒いならあれだ、ほら、ファーのマフラーあったばい。お袋のお下がりのさ、アレ付けようぜ。V系っぽくて良くね?」
「お、いっすね今海外輸出中のV系。ジャパニーズカルチャー、日本人の生み出したサブカルの極み」
「それにピーコもファッションチェックで言ってたぜ、お洒落は我慢が大事ってな」
「つうかお洒落じゃねえし!」と手刀を繰り出す環。
「アザーッス!」甘んじてそれを受ける周。けれど相方にマフラーを巻くことだけは忘れなかった。

騒ぐ彼らの足下には仮装に使った道具、プラスチック買い物かご、ハンディビデオカメラ、その他ゴロゴロとがらくたが転がっていた。ビデオカメラは黒い布と一緒に、母が送って寄越したものだ。ハロウィン@大江家の様子をばっちり録画してこいとのお達しである。

今度こそ身支度を調えた二人は、互いを確認し合うと周が買い物籠、環がビデオを持って立ち上がった。

「ほいじゃ行きますか−」
「アイサイサー」

目指すは、他の下宿生の部屋である。



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