(2)




「ヘーイ、サイトー!」
「なんだ」

大体一時間が経過した頃だ。屋台が壁に貼り付いた格好のテイクアウトスペースで、鉄板の焼きそばをかき混ぜながら新蒔が叫んだ。そんなでかい声で呼ばなくても聞こえるっつうの。道行く二、三人が振り返っていて恥ずかしい。よくある名前だから、そこらへんの斎藤さんにも迷惑だろうが。しかもヘーイって何だヘーイって。

「もう上がりだけどよ、何食いたい?ついでに作るからリクエスト寄越してチョーダイ」
「あー…」

意外と思いつかないな。
短絡的だけど、焼きそば見てたら食べたくなってきた。焦げ掛けのソースが放つ良い匂いに刺激されて、胃袋が必死に空き地を作っている感じがする。

「…焼きそば。あと、ソフトクリームのコーン無し」
「あいよお」
「俺はたこ焼きとアメリカンドッグと大判焼きのあんこ生クリームー」
「俺はフランクフルトとお好みそばー」
「オマエちびの癖に良く食うなあ!……ってダレあんたら?」

へらを操る手を止めた新蒔は心底驚いていた。俺はそれ以上に驚愕していた。
ぎりぎりと首を旋回させ、数歩先に立つ人影を見遣る。

「………ああ……」

今更だけれど考えの甘さを嘆いた。後悔先に立たずとはまさにこのことである。
俺は心の何処かで、「下宿にさえ連れてこなければ大丈夫」と思い込んでいたのだ。近接した高校同士、しかも両校共に御用達の商店街だ、まともに考えれば遭遇率は結構な高さじゃないか。

「とっよとよー!」
「元気かーとよとよー!」

振り返った先には、でかい楽器ケースを背負ったリンシュー先輩と、ドラムバックを抱えたリンカン先輩、大江家の問題児×2、林きょうだいが、制服姿で仲良く立っていたのである。




新蒔と林先輩たちを引き合わせたらハルマゲドンだ、世の終わりだ、と思ったことがあったなあ。あれ、いつだっけ。駄目だ、思い出せない。
そもそも、俺の人生のサイコロは最近不幸な目ばかりを選んで転がっている気がするのだが、思い込みか?被害妄想なのか?
明後日の方角を眺めたまま現実逃避をする俺の視界へ、良く焼けた掌がひらひらと躍る。

「おおい、とよとよー」
「意識とんじゃってるみたいなんだけど。大丈夫かー生きてるか−」
「周、ある意味これってチャンスじゃね?」
「DA・YO・NE!おっし、環そっちの手、持って。NASA方式で運搬しまっしょい」

なんだか両手がぎゅっとされた、と思ったらリンカン先輩とリンシュー先輩、二人が俺の左と右の手を掴んでいた。流石にぎょっとして二人を見ると、満面の笑みを湛えた相似の顔に出遭う。やなよかん。

「とよとよ、あっそぼー!」
「体育祭の仮装で女子の制服借りてきた!絶対似合うから着せちゃる!」
「オイオイ、待てっつうの、そこの人攫いコンビさんよ」

流石に見咎めたらしい新蒔は、販売スペースから出てきた。油汚れを作務衣の腰の辺りで拭い、ついで三角巾を雑に取り払う。黒が大分復活した金髪は後ろで引っ詰められて括られていた。決して老けているわけじゃないのに、制服じゃないと余計年嵩に見えるんだよな。
林先輩たちは突然割って入ったマルキン店員を不思議そうに見つめている。黒くきらきらと光る二対の目は興味津々と言った態だ。

やってきた新蒔は緩く腕組みをしたまま、指先で二人を指し示して言った。

「ねー、サイトー、『このキャンペーン中につき今ならもう1つ付いてくる!』みたいなヤツ、誰?」

ああ、言ってはならんことを平然と!
かちんと来たのか、俺の手を捕らえた状態で、林先輩たちも口々に問うた。

「とよとよ、このプリン頭のチャラ男はどこのどいつ」
「おとーさんはこんな人とおつきあいを赦した覚えはありませんっ!」
「親父じゃねえし!」

ベタ発言にこれまたベタ突っ込みをしている場合じゃない!ユキも見目先輩も、東明先輩――は居たら大騒動だ――、とにかく他に誰もいない今、事態の収拾は俺に掛かっている!

「ええと、キャンペーンで二倍セールなのは林周アンド環先輩で、下宿先で一緒にひとたち。こっちのプリン頭のチャラチャラは新蒔、クラスメイトです」
「………」
「………」
「………」

ん、何かまずったか。しかし取りあえず紹介はした。最低限の礼は果たしたと判断する。俺はさりげなく二人の手を振り払い、代わりとばかりに新蒔の手を引っ掴んだ。思ったよりごつごつとして骨っぽい手だ。

「新蒔、頼んだやつは全部テイクアウトだ。適当なとこ行って食うぞ」
「ああん?」
「待ていとよとよ」
「逃げる気かー」

逃げる気まんまんですとも!新蒔を全身で店の方へ押しだしながら、一刻も早く二人から遠ざかろうとした、のだが。
首と、腹にするりとブレザーの袖が絡まってきたと思ったら、ぐん、と凄い勢いで体が後ろへと引かれた。

「うお!」
「はい捕獲―」
「捕まえたり!」

見上げれば、チャシャ猫のように笑う環先輩と目が合う。嬉しそうな、どこか幼さの残るそれに釘付けになる。

「た…環先輩!」
「リンカンって呼んでよ」と環、もといリンカン先輩。「照れて何すっかわかんない」

阿呆発言を繰り出しながら手は肩と腰へ。先輩、体温が高い。触れられたところがじわじわと熱い。それでもって力強い!流石毎日バトンを振り回しているだけのことはある。

「環ずるーい、俺も俺もおー!」

俺が腰掛けていたところにでかいプラスチックケースを置くと、リンシュー先輩もいそいそとやってくる。ああ、この展開の先は容易に読める。二人分の体重を支えきる馬力が有るはずもなく、失敗した組み体操か何かみたいに押しつぶされてしまうのだ。最悪だ!




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