(1)



【新蒔と林(あるいは「マルキンの戦い」)】


日夏学園の近くには、でかい商店街がある。
最近流行の大型ショッピングモールはまだ、この街には存在しない。バスや電車に乗れば中心街があって、デパートや大型店が使えるので、要があればそちらまで出る。
俺が必要とするものなんて、たかが知れているから、日常の細々としたものや書籍などは、商店街で充分事足りる。東明先輩のようにネットの通販を多用する人もいるみたいだ。

日夏生や県立緑陽館の生徒にとって、ダントツで世話になっている店はマルキン――丸金商店だろう。
この店は、鯛焼き、大判焼、たこ焼き、夏はかき氷やアイスキャンディーを売っている、青少年の胃袋の友である。簡単な食事、例えば焼きそばくらいなら出す。テイクアウトも可、店の中で食べるのも可。
アーケードの端に位置する店舗の、窓硝子には某国民的有名な泳ぐ鯛が描かれている。それって著作権的にどうなのか、と思うくらいにでかく、堂々と。
此方に住んでいた時分はよく行った。兄貴に連れてきてもらって、二人で半分こする粉物はうまくて仕方がなかった。高校になってまた通うようになったけれど、芋粥にはならずに済んでいる。うまいものは相変わらずうまい。



このマルキン、実は新蒔のアルバイト先だったりする。
アルバイトの許可を取るのは難しく、届け出を出したらその場で保護者に確認が行き、果ては教員会議に掛けられて可不可の結論が出るらしい。
憎らしいことに新蒔はその難関をクリアした猛者なのである。
先生方がこいつを野放しにする書類へ何故サインをしたのか、問い糾したいところだ。それでいいのか日本の教育。
因みに俺の場合は初めの関門、『保護者の許可』で行き止まっているのでどうしようもない。いつかユキに兄貴か親父のフリをさせようかと思っている。自分でもあまり良い案とは思えないのだけれど。

新蒔はバイトを掛け持ちしているので、授業が終わると風のように帰る。ユキと二、三言葉を交わしていると気がつけば居なくなっている。授業中、居眠りでエネルギーチャージしているとしか思えん。
そんな彼も時たまのバイトが無い日は、俺やユキにくっついて一緒に下校する。住まいは割合と離れたところにあるらしく、自転車で通っている。さっさと乗って帰れば良いものを、チャリを転がして隣で騒ぎ立てるので、帰宅の途についているのか教室にいるのか、判断つかなくなってしまう。

ユキが部活、かつ新蒔がバイト無し、という日は彼と2人で商店街や川に行った。惣菜屋でコロッケを買い食いしてみたり、マルキンに行ったり。ゲーセンやカラオケは金が掛かるので行きたいけれどパス。入り浸ってそうな新蒔も、意外や意外、あまり行きたがらない。
あとは川に石を投げて遊んだり、公園でだらだらする。…都会の高校生に比べて何と娯楽の少ないことか。健康的過ぎて泣けてくるぜ。


例によってユキ部活、新蒔バイト無し、俺も平和、という素晴らしい日のことだ。秋空は天高く晴れ晴れとし、空気は爽やかで何が無くとも気分の良い日。

「今日は代打で1時間だけ入ってんだよ。現物支給で何食ってもいいって言われてっから、サイトーも特別に呼んでやろう!すごいぞオレ!太っ腹だぞオレ!」
「まじでか!」
「おうよ!オレを褒めろサイトー!褒め称えろ、アドマイヤーミー!」
「……いや、それはちょっと無理だ」

とまあ、新蒔としては考えられないほどの有益な誘いに、俺はホイホイと乗っかった。タダ飯ほど素晴らしいものはない。
ユキが居たらば、「シャケと出かけるなんて!」とストップが掛かったか、誘いすらなかったかのどちらかだったと思う。あののっぽ、実によく食べるのだ。『何を食ってもいい』と『食いつぶしてもいい』では意味が違うだろう。



白い作務衣に三角巾を身に付けた新蒔は、金髪が隠れて随分とまともに見えた。愛想もいいし、手際もいい。働きなれてる、って感じだ。
縁側がそのままベンチになったような代物に腰を掛け、自腹で買ったお好み焼き鯛焼き―――鯛焼きのあんこがお好み焼きの具になっている、激うまの一品である―――へかぶりつきつつ、勤労少年な新蒔をしばしの間、観察した。何せ他に見るものがなにもない。通行人、新蒔、新蒔、通行人、飛びかかってくる散歩中の犬。大体そんな感じ。

「クリームとチーズの鯛焼き、それから焼きそば1パック、お待たせしました!」

浅黒い額に薄く汗をかきながら、ビニール袋を手渡している様などはありえない好青年振りである。口を開けば阿呆発言オア下ネタ、口を閉じている時は寝ている時、がキャッチフレーズの新蒔大輔とは到底思いがたい。食い入るように見てしまうのは珍しさの所為だ。
勘違いした阿呆が「惚れるなよ…?」とか宣っていたが軽くスルーした。





- 2 -


[*前] | [次#]

短編一覧


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -