林と東明とクイズ
【林と東明とクイズ】
「もしもし?」
携帯電話の液晶に表示された名前は、日夜、工太郎が不倶戴天の敵と見なしている連中だった。隣室で無ければ携帯電話の番号交換などするものか。いっそ二人纏めて『林のばかども』と登録したいところだが、下宿先の方針で連絡網なるものまで組織されている為、憎らしい名前はきっちりと二人分登録されている。パネルに浮かび上がったのは林周、工太郎の隣の部屋の主だ。
『テレフォンを選択しました!』
「……切るぞ」
『待って待ってトーメイさん!』
林周の声の他に、よく似た声がもうひとつ。例によって二人は一緒にいるようだった。電話口の向こうはがやがやと賑やかで、あちらも昼休み時間中らしい。早くしろよ、と、双子とは違う若い男の声がする。同級生だろうか。
工太郎は購買へ向かう足を止め、人の邪魔にならないように柱の影へ退いた。視界に入る教室の扉が次々と開いて、中からどっと生徒が出てくる。
「俺はこれから飯買いにいくんだよ。用があんなら早く言えこの馬鹿」
テレフォンて何だテレフォンて。ばりばりと頭を掻きながら問えば、あのさあ、とのんびりした声が言う。
『ツナとシーチキンの違いってなに?』
「ああ?」
――――ツナと、シーチキン?
眼鏡の蔓を指先で上げ、頭の中でうようよと泳ぐ想像上のマグロに思いを馳せた。昼飯や午後の授業や、仕上げなければいけない部活の草稿のことが奇麗さっぱり消失した。
『あと10秒!きゅう、はち、なな、』
「え、あ、ツ、ツナは英語でマグロのことだろ。シーチキンは商品名だ」
『おおー!トーメイさん、分かってるっぽいようなこと言ってる!』
『さっすが受験生!』
「人に聞いておいてなんだその態度は!受験生関係ねえし!」
『あ、10秒切った』
『テレフォン終了でーす』
ぶつ。
「あ…?おい、リンシュー!聞いてんのか!」
通話が切れたことを示す音が、義務的に繰り返されている。耳が痛くなるほどに、しっかりそれを聞いて、工太郎は携帯電話の蓋を閉じた。
「…………」
ふつふつと、やってくる怒り。
「……あ、い、つ、らぁぁああ」
下宿であれば扉を開いて殴れば良い話だが、生憎とここは学校だ。近いとはいえ、日夏学園から緑陽館は、徒歩で20分以上掛かる。行って帰ったら昼休みなど吹っ飛んでしまう。
怒りで腹が満たされる筈もなく、帰ったら憶えてろよ、と悪役のような台詞を吐きながら工太郎は購買へと急いだ。
棚に陳列されたツナマヨのおにぎりを憎々しく睨み付けてたら、買いたそうにしている金髪の生徒が、困惑した様子で工太郎を見ていた。
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