(2)




「見目先輩」
「斎藤に、黒澤。あれ、それ鮒か。何?飼うのか?」
「……飼いませんて」

この状況で何故その質問になるんだ。こんなにうじゃうじゃ居るんだぜ?
相変わらず爽やかな笑顔を浮かべて登場なさった見目先輩は、ごく自然に俺から洗面器を取り上げて、ひょいと魚をすくってみせた。

「バケツに入れればいいのか?」
「ええ」

一瞥したのみの黒澤は、さっさと新たな魚を捕まえていく。
うん、俺は素晴らしいまでに役に立たないな。ぼんやり見物していても仕方がないので、裏口を開けて外へ出るためのサンダルを用意しようと風呂場を出た。黒澤に名前を呼ばれる。

「斎藤」
「…え?あー、サンダル」
「…ああ」
「斎藤と黒澤は以心伝心だな」
「はい?」
「………………」

ふっと顔を上げてこちらを見遣る見目先輩は、口の端に力が入ったみたいな笑みを浮かべた。若干意地の悪さが滲んだそれが珍しくて、じっと見つめてしまった。黒澤が勢いよく魚、と水をバケツへ流し込む。飛沫が跳ねて、見目先輩が「冷て!」と悲鳴を上げた。

「はいはい、余計なことは言いません」
「………」

何の事やら知らないが、予期せぬ助っ人の御陰で鮒の放流は思ったよりも早く済みそうだ。持ちにくそうだけれどバケツに入りきらない分は洗面器のままで運ぶか。そんなことを考えながら外履きを用意して戻ると、先輩が姿勢を正して腰を左右に捻っていた。

「林には俺から言っておくから。ちゃんとキャッチアンドリリースしなさいね、って」
「聞きますかね…」

特記事項に「人の話はちゃんと訊きましょう」と書かれていそうな双子に、そんなまともな説教が効くとは正直思えないんだけど。無駄話はどうでもいい、とばかりにさっさとバケツの柄を掴んだ黒澤を見て取って、俺も慌てて洗面器で魚を追う。苦労しながら追いかけ回していると、黒澤の使っていた洗面器で難なく残った2匹を掬った先輩が、器を俺へ差し出した。

「ありがとうございます」
「どういたしまして。――聞くよ、二人は。格好良さそうだろ、横文字で言えば。Catch and release.」

奇麗な発音で、人好きのする笑顔でそう言ってのけた見目先輩は行った行った、とばかりに手をひらひら振った。廊下にバケツを提げた黒澤が、躾の良い黒いドーベルマンのようにじっと待っていた。



その後、抱きついては離し、また抱きつくという遊びを考案した林先輩たちは、いたくお気に召したらしく、しばらく俺を餌食にしてはユキを怒らせていた。唸る俺、吠えるユキを見るにつけ、見目先輩が腹を抱えながら笑っていたことを付記しておく。糞。





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