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【林と魚と風呂】



部活組は遅いので、先に風呂に入ることになった。そこまで気にしないけれど、やはり一番風呂は気分がいい。思わず鼻歌なんて歌いながら、階段を降りる。

「あれ」

ぼう、と立つ影に首を傾げた。『入浴中』の札、確認しそびれたかも。相手はまだ服を着ていたので、踵を返そうとして―――また、あれ、と思った。

「黒澤?」
「……斎藤」

同じ1年の黒澤――彼も帰宅組だ――は手にバケツを携えていた。穿いているデニムの裾はまくられて、しっかりと筋のついた両脚が露わになっている。何処か途方に暮れたような顔に引き寄せられるようにして、俺は黒澤の脇へ寄った。

「なにしてんの」
「…鮒が」
「ふな?」
「浴槽に鮒がいる」

何のこっちゃ、と風呂場へ踏み入った。タイルが素足に冷たい。そしてすぐに異変に気が付いた。生臭い、泥臭い。遮るもののない外なら鼻につかない臭いも、今はしっかり嗅覚を刺激する。覗き込んだ四角い浴槽の中には、湯ではなくて水が張られていた。しかも魚が泳いでいる。ざっと10匹。

「鮒だ」
「ああ」
「……まさか、大江のばあちゃんが?そんな訳ないか…」

風呂を用意したから入れ、と言ってくれた当人がそんなことする訳ない。新手のドッキリか。ひれを動かしてすいすい水を縫うそいつらを呆然と眺めていると、ごく近い距離に気配があった。洗面器を持った黒澤が、難しい顔で、やはり覗き込んでいた。先ほどまで彼の手にあったバケツは、足下に鎮座している。

「林さんじゃないのか」

言われて納得した。あの人たちなら遣りかねない。っていうか、あの人たちくらいしかいない。いつの間に帰ってきていたんだろうか、もしかしたら学校を抜け出して遊んで、また部活で戻っていったのかもしれない。何せここに住んでいる連中にとって、それぞれ学校は目と鼻の先だから。

「どうすんの、これ」

黒澤に聞くのはお門違いと分かっていても、思わず聞いてしまうと、口を引き結んでしばらく考えていた彼は、決意を固めたかのように頷いた。

「…川へ戻す」
「………そう、だな…」

外に放り出すのは忍びないし、このまま泳がせておく訳にもいかないし。林先輩的には飼育する予定なのかもしれないけれど、そこまで気を遣ってもられない。せめて水槽があれば移すけど、あるわけないだろ、そんなもの。
幸いにして川は近いから、一、二回で何とかなるだろう。バケツの狭さによる一時的な魚口密度の高さは、鮒にも我慢して貰わねば。

ハーフパンツの俺は捲り上げる裾もないので、後ろを見回して別の洗面器を掴んだ。使った後、しっかり洗わないとこっちも臭くなりそうだ。川で遊んでいる時は気にならないのにな。

「手伝う」
「ああ」

――――とは、言ったものの。

早速鮒を掬い上げようとするのだが、なかなかうまくいかない。巨大金魚すくいみたいだった。そういえば俺、金魚すくい苦手なんだよなあ。
黒澤はさっさと二匹を洗面器に収め、水を減らしてバケツへ放り込む余裕を見せている。案の定な卒のなさだ。躍起になってばしゃばしゃ水面を荒らすわけにも行かず、腰を落としたまま睨み付けていると「どうしたんだ?」と背後から声を掛けられた。



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