(2)




「斗与、よく眠れた?」
「……なんかちょっと起きた。でもまあ、寝たかな。お前、なにそのかっこ」
「ばあちゃん、昨日から父さんのとこに行ってるんだ。高浜のおばさんの調子が悪くて、母さんがそっちに行ってるから。夜には戻ってくるよ」
「はあ、大変だな。俺も手伝おうか」
「大体終わったから平気。それよか、斗与も早く食べよう?僕もまだだから」

分かり易く弾んだ調子に、おや、と思う。
惺の中で、大江という少年は、ほどほどに愛想もよく素直で、年の割にはしっかりとしている印象があった。ただ感情を表にすることは稀で、初めて逢った時、やけに物分かりの良さそうな子どもだ、と思ったものだ。こういう手合いに限って、一度決めると頑固で聞かない。
邪魔そうに簾を長身ではじき返し戻ってきた大江は、しかし、蕩けるような笑みを浮かべていた。シャープな、ややきつい感のある顔が年相応に緩んでいる。何が起きたのか、僅かに混乱した頭で様子を窺えば、手前に座っていた東明が目に見えるほどはっきりと、身体を強張らせた。

大江が手を引いて連れてきたのは、早朝、惺を窓から見下ろしていた少女だった。

がたん、と耳障りな音がして、東明が立ち上がった。まるで生まれて初めて女を見たかのような反応に、内心で頭を抱える。可愛らしいとは思うが、十人並の範囲を出ない容姿じゃないか。
大きめのTシャツ、パイル地のハーフパンツからほっそりとした四肢をのぞかせたその少女は、直立する東明を不思議そうに見た後、視線を惺へとスライドさせて――凍り付いた。
大きく瞠られた双眸に一瞬、ぎょっとする。窓から差し込む光を浴びた目は、茶とも金ともつかないレンズの上に、黒々としたひとみを内包していた。

「あ、あ、あ…」
「ええと、…おはよう。二回目だけど」
「あれ、斗与、見目先輩のこと知ってるの?」

大きな図体に似合わない、幼い子どものような動作で大江が首を傾いだ。斗与、と呼ばれた小柄な少女(この辺りで惺は徐々に悟りつつあった)は、呻きとも唸りともつかない声をあげながら、きりきりと眦を吊り上げ始めている。まるで威嚇する猫だな、と苦笑してしまった。毛の色といい、瞳の色といい、撫でたら柔らかそうだ。

「朝の変人!」

絶叫した声に、「男じゃん」と東明が間抜けた感想を漏らしている。それに反応した少女、もとい少年、斎藤斗与は「男で悪いか!」と二級上の先輩に食って掛かった。惺はどさくさに紛れて大江と一緒に斗与を宥めた。一方的につるし上げを食らう東明に、心の中で詫びつつ、効果的な謝罪を考える。適材適所、とは良く言ったものである。

二年目の下宿生活は賑やかになりそうだった。





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