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【見目と東明】(物語時期:3月末)



朝食を摂りに階下へ降りると、食堂には先客が居た。挨拶をしながら斜め向かいへ腰を下ろす。しっかり焼かれたロールパンが珍しく(ここは大抵米だ)、盛られた中から二つ三つを取り寄せた。奥から掛けられた声に納得する、そういえば大家は昨夜から出かけているのだった。世話を買って出たらしい孫が忙しそうに立ち働いていた。孝行なことだ。

「東明さん、新しい下宿生見ました?」

ひとつ上の先輩は目玉焼きにソースを掛けながら、それがどうかしたか、とばかりに顔を上げた。惺は彼の手元で繰り広げられている惨状から行儀よく目をそらす。
見目家は目玉焼きに醤油派なので、ソース味のそれは理解に苦しむ代物だった。同じ日本人でも育った環境で食文化は違うもの、目玉焼きが食卓に登場する日は、テーブルの上の調味料がこれでもかと増える。醤油、ソース、ケチャップ、マヨネーズ、塩に胡椒、マスタード。

「女、入ったみたいですよ」
「…っげほ、っ、ん、だって?」
「だから女」

惺が今日の朝練で見掛けた新入りは、華奢な体躯にやわらかな色合いの髪をした少女だった。二年や三年で下宿に入る者はほとんど居ないので、確実に一年生だろう。
とんでもないことだが、大江家が男女の区別なく下宿生の受入をしていることは、入居の際に説明を受けていた。部屋割りは考慮されるようだが、今のご時世珍しいことだ。

「え、だって東明さんの時、居たんでしょう、女子」
「俺の前に部屋使っていた人な…。大門東の女子。でも入れ違いだぜ」

咳き込んで吹き出した黄身を唇から拭い、慌てて牛乳を飲み干している東明を横目に、惺は再び少女の姿を思い浮かべた。朝日を集めたやわらかそうな茶色の髪は染めものだろうか。この近辺の中堅校や進学校の多くは髪の染色を認めない。と、すれば地毛か。
光の加減か色白く見えた顔は、惺を見て不機嫌そうに顰められていた。紳士的に挨拶をしたつもりだったが、惺に起こされて怒っていた可能性はある。何せ、返事もせずに窓を閉められてしまったのだ。

「で、可愛かったか?そのこ」
「ええ、まあ。ちっちゃくて、気位の高い感じで……、東明さんの好みっぽいですね」
「お、前なあ!何で俺の好みなんて知ってんだよ」
「適当に言いました。すいません。でも、青絅っぽい雰囲気でしたよ」

悪びれずに言ってのけると、眼鏡の奥から眇目で睨まれた。

「……青女か…」

思わず、と言った風に漏れた呟きに肩を竦め、ロールパンにたっぷりマーガリンを付けていく。かぶりつくと糖に変わったそれが隅々まで身体に行き渡るイメージがある。黙々と咀嚼し、嚥下し、また新たな一つを取り上げた。東明は何かを考えるように、グラスを掴んだままあらぬ方向へ視線を飛ばしている。

と、長身の影が勢いよく横を通り過ぎていった。不思議と似合うエプロンを翻し、大家の孫――――大江由旗が大股で歩いていく。階段から軽い足音が転がり落ちてきた。それを受け止めるように、大江は正面玄関で待っているようだった。



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