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【林と斎藤と名前】(物語時期:4月第1週)



「斎藤です。日夏の普通科です」

しっかり頭を下げて、また見上げると、妙に小難しい表情の似た二人がいる。一卵性双生児の知り合いが出来るのは初めてで、ほんとうによく似ているものだ、と大袈裟にも感動した。

「日北かあ」
「緑陽じゃないのかあ」
「えと、林先輩はお二人とも緑陽館なんですか」
「イエース」
「チーム緑陽ですわー」

ふっと緩和された眉の間の険が、すぐに戻る。何かまずいことでもしただろうか。

「周―」
「うん、ねえ。面倒だねえ」

面倒、って何が。日夏だと、まずいのか。それとも年下がうざいのだろうか。周先輩と環先輩のうち、環先輩の方がゆっくりと上体を倒してきた。鼻先が近くなって、悪戯っぽいきらきらした黒目に、困り顔の俺が映し込まれる。

「さいとうは、下の名前なんての」
「え、斗与ですけど」
「とよ」
「とよだって」

復唱される先の見えない会話に若干いらっとする。斗与じゃ悪いってのか。変な名前だという自覚はあるけどな!

「とよってどんな字」
「北斗の斗に…、与える、です」
「なるほど」
「…なんか、まずいですか」

逢って数分の人間相手にする態度じゃないな、と思いながら、それはお互い様だとも思うわけだ。すると、周先輩はけろり、した風情で言った。

「いや、まずいのは名字の方」
「はあっ!?」

なんだこの新展開は。人生上、下の名前にいちゃもんを付けられたことはあっても、名字にケチを付けられたことはない。斎藤なんて、日本全国津々浦々、うじゃうじゃいるだろうに。

「うちのクラス、さいとうが3人も居てさあ、しかも皆微妙に違うらしいんだよね、字が」
「字が違っても呼んだらわからんての」
「あー…それは、まあ…」

斎藤、って名前は「斉」の字も「藤」の字もバリエーションは山ほどある。西塔さん、なんて人だっているみたいだし。しかし、それとこれとどう関係があるってんだ。

「だから下で呼んでんの、ひろし、とかあきひこ、とか」
「だから斗与はとよとよ」
「へ?」

なんだって?

「今日からとよとよ、って呼ぶから」
「俺らのことは林でいいよ。どっちか振り向くし」
「えと、俺のその妙な名前はともかくとして、…周先輩も環先輩も、普通に分かるんで普通に呼びます」
「!」
「!!」
「けど、そのトヨトヨってのは…」
「わかんの」
「俺らがどっちかわかんの、とよとよ」

にゅ、と手が伸びてきた、と思ったら視界を塞がれた。真っ暗で、人肌が密着して生暖かい。驚きと慣れない温度とにびびって悲鳴を上げると、視界が晴れた。
覆い被さるようにして左右に立つ二人の林先輩。じい、と見つめられる。左に居た方がなあ、と言った。

「俺は?」

あん?あんたが何だって?
少し考えて、自分が周か環か、どっちかと尋ねているのだと思い当たる。俺、挨拶回りの途中なんだけど。まだ行かなきゃ行けないところがあるんだけど。

「…周先輩」
「………」
「あれ、違いますか」
「環ぃ」
「うん、…とよとよ、俺のことはリンカンでいいよ」
「俺はリンシューでいい」
「は?なんだそれ」

思わず素で答えれば、それぞれがリンカン、リンシュー、と再度繰り返した。ああ、音読みか。別になんだっていい。

「…名前じゃなくていいんですか」
「おう」
「だって照れるから」
「…ええと、もっかい言って下さい。意味分からん」
「照れちゃう。お年頃だから」
「MK17だから」

エムケーセブンティーン?

「マジで恋する十七歳」

―――俺の賢明な脳味噌はこれ以上の会話続行は不可能かつ無意味と判断する。とりあえず「とよとよはやめてください」と言い述べ、さっさと頭を下げて踵を返した。

「あ、とよとよ、そっちは空室」
「サイボーグ・クロちゃんの部屋はとよとよの隣」

言った傍から聞いてねえ。っていうか、サイボーグだと?一体どんな下宿生だそれは。俺の隣人は手からロケットパンチを出したり、マッハで走ったりすんのか。

「その隣はミメ」
「下はおっさん」
「俺らの隣はトーメイさん」

駄目だ、取りあえず自分の目と耳で確認したものだけを信じよう。昔の人は言いました、百聞は一見にしかずってな。

背中を向けて聞き流しながらも、頭の中には疑問符が溢れかえっていた。1階の貸し室は大学院生って聞いてたけれど、そんなに年なのかな、とか、トーメイ、って透明人間か何かか、そっちも人外魔境なのか、とか。
悩ましくも馬鹿げた質問をした俺に、ユキは正しい情報を教えてくれた。おっさんはオヅさん。トーメイさんはシノアケさんで、東明さん。それから双子に巻き込まれると時間が幾らあっても足りないので、ほどほどにしておくこと。

――――――そういう重要かつ重大な情報は最初に教えてくれ!





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