(3)




こいつ、殴って良いよね。殴って善いかな、斗与。
斗与が善い、って言わなくても、駄目って言わないのなら、僕はシャケに制裁を加えようと思う。

一方のシャケは構わず喋る、喋る。何かに納得したように幾度も頷き、果ては黒澤君の腕をぴしゃぴしゃと軽く叩き始めた。黙って叩かれる黒澤君。

「あーあー、確かになあ、サイトーがクラっときちゃうのも分かるよおな気がすんよなあ。男っぽいし、背高けえし、手もでけえし」
「こら、シャケ…」と見かねた僕が口を挟もうとしたとき。

あの馬鹿は信じられないことを口走り始めた。

「そおそお、手がデカイ男ってさぁ、ナニのサイズもデカイって言うよねー」
「なに?」

おい、ちょっと待て。
瞬間冷凍、即座に解凍した。真剣に黙らせないとまずい、黒澤君の沽券に関わる!

「ナニって言ったら一つしかないでしょ。あれですわ、いわゆるひとつのマイサン、分かりやすく言うとちん…」

その発言は「ぶわぁ!」と情けない悲鳴にとって代わり、推測された下ネタはすんでのところで回避された。


シャケを沈めたのは、終始不思議そうに(今なら分かる。彼はずっと『何だろう』って思っていたのだ)していた黒澤君ではなく、拳を固めていた僕でもなく、

肩へ引っかけていたスクールバッグを問答無用で振り下ろした斗与、だった。


「俺にそんな趣味はねえアホウ!」


叫ぶなり、まさに鉄槌を振り下ろすかのような動作で、彼は鞄をシャケの頭に叩きつけた。
ばん、と結構いい音がして、骨っぽく長い四肢が長々と砂利の上へと拡がる。
あ、涎垂れてる。

さっきのピンクはやっぱり下着で、アルファベットらしき文字と柄がちらちら見えている。見せパン、って奴だろうか。確かめたくないものまで確認してしまった。

「…って、お前のことは普通に嫌いじゃないからそこんとこは誤解すんなよ黒澤!」
「ああ」

あぁぁ!ずるい黒澤君!斗与ひどい!

「ずるい!僕のことは!」
「――なんて言えばいいんだ、俺はこの場合」
「好きって言って!」
「あー好きだ好きだ」
「…行かないのか、本屋」

シャケを足下に転がしたまま、やいのやいのと騒いで居たら、僕らの声を聞き付けたらしい祖母までが家から出てきてしまった。

始めはにこやかに挨拶をしていた彼女も、ピンクのパンツ、トリコロールカラーのベルト、尻の途中まで下がったズボン――何より、やたらに明るい金のロン毛を見るに至って、怒髪で天を衝いた。
結果、予想通りの展開が僕の目の前で繰り広げられている。

「なんばしに来よっとか、こぎゃんずんだれた格好で!阿呆たれが!」

祖母は布団叩きでシャケの尻をばしばしと叩き、彼が気付いてからも地べたに正座をさせて説教を垂れていた。
祖母を見るシャケの視線に妙な雰囲気が漂っている気もしたが、ここは全面的に彼女に任せることにした。似鳥先生に続く、新たなシャケキラーの誕生、――かもしれない。



「大江」
「ん?」

玄関から近い斗与の部屋へ、二人分の荷物を投げ込んで、先に歩き出していた黒澤君の後を走って追い掛けた。本屋へ行く道すがら、黒澤君は僕に聞いた。

「それで、あいつはなんなんだ」

そうだ。誰も彼の問い掛けに返事をしていなかった。斗与は川沿いの塀をてくてくと歩いている。名前を呼ばれたからには、応じるのは僕の役目だろう。

しかし難しい質問だ。ちょっと前にも相合君に似たようなことを聞かれた憶えがある。まともな事は何も言えなかった。
少し考えてから、取りあえず僕の見解を述べてみた。

「……ええと、うーんと……魚類的な何か?」
「魚、」と色の無い声で黒澤君。「…魚か」
「うん、多分。でもよく分からない」

そうだな、と黒澤君も頷いた。正直、納得しているようには見えなかったけれど、彼はそれ以上を聞いてはこなかった。

シャケを理解するには、時間も大事だが、きっとやる気が一番肝心なのだ。
そして今日に至るまでその情熱を傾けている人物を、僕は目にしたことがない。
最近ことあるごとに「眠い」とぼやいている斗与は、そんな僕らに目もくれず、欠伸をかみ殺していた。



家へ帰って来たら、流石にシャケは居なかった。
しかし僕の安堵は一瞬にして終わり、翌日、学校で彼に質問攻めにされた。ばあちゃんの名前から始まって、趣味とか、スリーサイズとか、好きな花とか、他にも色々。
名前や趣味はともかく、スリーサイズなんて、孫の僕にも分からない。と言うか、知ってたらちょっと異常なんじゃないの。

この後、シャケは黒澤君のことを「間男」と呼び続けた。黒澤君は早々にしてシャケの名前を知ったので(多分、斗与から聞いたのだろう)必要があるときはきちんと名字で呼んでいた。
シャケの当初の予定については、僕も斗与も、そしてシャケ自身も、物の見事に忘れていた。
彼と付き合う上では、まあ、よくあることなんです。




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