(2)




「何?家入んの?」
「僕らだけね。さあ帰った帰った」
「ハァアア?そこは酒池肉林でもてなすのが大家の勤めでしょーが」
「酒池肉林を漢字で書けたら検討してやらなくもない」と斗与。
「え、シュ…シュ…しゅ、って何だっけ。てか、女って字はドコに入るんだっけ」

……何処にも入らないし。
斗与の一言に、シャケは桃を目にした鬼よろしく足止めされた。その場でしゃがみ込んで、地面に棒で字を書いている。ちらりと見たけれど、どれもこれも不正解だ。
おそらく拡大解釈、かつ妄想で脚色された桃色幻想が先に立っていて、字なんてカタカナでも充分なんだろうな。
ばーかばーか、と悪態をつきながら小さな背中に続こうとして、何故か急停止していた彼に、全身で思いっきりぶつかってしまった。僕と彼との体格差は言わずもがななので、当たり前に斗与は前へ吹っ飛んだ。

「痛って!……って、あ?」
「ごめん!……あれ?」

吹っ飛ばしてしまった彼を支えようと手を伸ばしたところ、

「―――今、帰りか」

斗与は正面玄関の引き戸を開けて、今しも外へ出た矢先の黒澤君に衝突しかかっていた。
彼は即座に状況判断したようで、ぶつかることなく華奢な身体を受け止めている。すごい。
僕が斗与の肩に触れるか触れないかくらいで、黒澤君はその手をふっと離した。


先に帰っていたらしい特進科の彼は、黒いデニムにコムサのグレー・ポロを着、素足に木製のつっかけを履いていた。天気も良いし、夕方は気温も和らいで過ごしやすくなっている。どこかへぶらっと出かけるには悪くない。

「黒澤君はどこか行くの」
「本屋」

端的な返事に斗与が跳ねた。

「俺も行きたい」
「来るか」と黒澤君。
「じゃあ僕も行く」
「オレもオレもー!」
「……誰だ」

―――はい、君の疑問は最もだと思います。


三白眼を訝しそうに細めて、黒澤君はシャケを見下ろした。対してシャケも何を勘違いしているのか、ポケットに手を突っ込んで、下からガンを付けている。ええと、こういうのってメンチを切るっていうんだっけか。
顎を突き出して歯を剥いて、ヘアバンから落ちかかる金髪の合間、ここだけは真っ黒な眉毛を吊り上げている様はまんまヤンキーの類だ。
はっきり言い切れないのは、『ヤンキー』って言葉は死語なんじゃないのかな、って僕が思ってること、それからシャケには精悍さが欠片もないってことが理由だ。黒澤君の方が余程、長ランとか似合いそう。木刀にサラシ、たなびく鉢巻きなんかもオプションとして是非付けてみたい。

首を少し捻ったままでシャケを見下ろす黒澤君、そんな彼をつま先から頭まで視線て舐め回すシャケ、という構図は少しの間、続いた。

始め二人の真ん中に居た斗与はそれぞれを見上げていたが、じきに僕に寄りかかると、ウォレット・チェーンの鎖のパーツ、楕円に精緻な薔薇の花を彫り込んだ部品のひとつひとつを爪先で弾きはじめた。
僕はそれだけで倖せだったので、しばし膠着した現状を忘れ、斗与の髪の毛を弄くって遊んでしまった。悪い癖だ。

しばらくの後、

「…あ、もしかしてさ」

気が抜けたような――――いつものシャケの声に、僕は顔を上げた。シャケは黒澤君を指さしている。少しの遠慮もなく。

「オマエが噂の間男かあ!」
「――――――」



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