(1)
【新蒔と大江家】
「だからついてくんなって言ってる!」
「いい加減にしろ、シャケ!」
「もう来ちゃったもんね〜ってか、おたくらのウチ、ガッコから異様に近いんだから諦めなよぉ」
へらへらと笑うシャケの指摘の通り、今日という今日はこの至近距離が憎らしい。
電車で乗り継ぎ三回、とかバスで一時間とかなら、面倒臭がりのシャケのことだ、諦めるに決まっている。しかし残念なことに我が家は学校から徒歩5分程度の好物件、言い合いをしている内にあっさりと到着してしまう。
サギサカ某の一件でシャケは見目先輩に興味を持ったわけだが、相変わらず直接対決はないままに日は過ぎていた。見目先輩にとっては幸いなことだろう。あの人とシャケはX軸上の対極同士にいるようなイメージがあるのだ。あまりうまが合うとは思えない――――あくまで僕のイメージ、だけれど。
「へー!餓鬼のころからこのあたり結構ブラブラしてたけど、大江んちだとは思わなかったぜ」
それは僕(と斗与)にとっての幸いだな。ニアミスはあったのかもしれないが、シャケとうっかり知己を得てしまったのは高校に入ってからだ。もっと小さい頃に知り合っていたなら、きっと僕は悪い子に育っていたことだろう。
ひよこカラーの頭はひょろひょろ好き勝手に動いて、天神さまのお社を見上げたり、狛犬代わりに鎮座している牛の石像を触ったりしている。追い返すタイミングを考えながら、早くも黒い毛が混じり始めた彼の金髪を目で追いかけた。
僕も鈍い金茶に染めているが、かなりしっかりと元の色を抜いたのと、こまめに染め直している(お陰で小遣いのほとんどがそれに消えている)ため、4月頭とほぼ同じ状態を維持している。ばあちゃんの小言も絶えない。けれどこれで少しでも斗与に行く視線を散らせれば安いものだ。
斗与は小さい頃から目や髪のことで随分と虐められていた。この街は歴史が古い所為か、単なる土地柄なのか、閉鎖的な部分があることは否めない。幼い子の髪を染めたり、高いブランドの服を着せつけたりする親は、ほとんど居ない。それこそ幼稚舎から日夏へ通うような家は別にするとして、だ。
斗与の髪の色は昔に比べればかなり黒に近くなったし、光が当たれば蜜色に変じる双眸の色も、少し暗い場所なら淡い褐色だ。高校生という年齢も手伝って、今ではごく普通にクラスメイトの中に溶け込んでいる。もしかしたら、背だけは無駄に高い僕や、存在自体が世界の誤りと言えるシャケの方が余程に目立つかもしれない。
「ねえ、斗与。あいつ、どうしよう――――」
か、と言いかけつつ最愛の彼を振り返ると、斗与は玄関に向かってすたすたと歩いていくところだった。
「斗与ぅ!」
「あー、ごめん。俺眠いから部屋戻るわ。あとよろしく」
「え、待って!」
シャケと二人きりなんて真ぴらごめんだし、斗与が居なくなるのはもっと厭だ。慌てて彼の後を追い掛けようとしたところ、「ジャストモーメントプリー!」と叫びながらシャケが走ってきた。腰穿きした学ランズボンがさらに下へ落ちて、ショッキングピンクの下着の縁が見える。うう、最悪なものを見てしまった。
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